スペシャリストとジェネラリスト
2023.07.30
映画「アポロ13号」をご存知であろうか。

1995年劇場公開された月面探査船アポロ13号爆発事故の実話を基に、絶体絶命の危機に陥った乗組員たちの救出劇をスリリングに描いた人間ドラマである。主演は船長のジェームス・ラベルを演じるトム・ハンクスであるが、この映画のもう一人の主人公が、当時、NASAの主席飛行管制官をつとめていたジーン・クランツ。エド・ハリス演じるこのリーダー、ジーン・クランツは、このアポロ13号の絶命の危機を救う。

この事故は、月に向かって飛ぶアポロ13号が、突然、酸素タンクの爆発事故を起こし、深刻な電力不足と水不足という絶望的な状況に陥ったもの。
この前代未聞の事故に遭遇し、NASAの全米でも選り抜かれたスペシャリスト集団たちは途方に暮れる状況。しかし、この専門家達の誰もが、前代未聞の事故の前で解決策が見つからず、途方に暮れる状況の中で、ジーン・クランツは強いリーダーシップを発揮し、「我々のミッションは、この3人の乗組員たちを生きて還らすことだ!」と言って、次々に発生する難問に対して専門家達の知恵を総動員し、解決策を見つけ、次々と問題を解決していく。この一人のリーダーの見事な姿は、自身のミッションを明確に定め、そのミッションの完遂まで決して諦めない姿を示してくれた。

もう一つ、別な話をしたい。
米国にノーベル経済学賞を受賞したケネス・アロー、ノーベル物理学賞のマレー・ゲルマン、同じく物理学賞のフィリップ・アンダーソンが設立した「サンタフェ研究所」という研究所がある。この研究所で働く研究者は、物理学、化学、生物学、医学、脳科学、心理学、社会心理学、人類学、文化人類学、社会学、経済学、政治学、歴史学、情報科学など、ほとんどすべての研究分野から研究者達が集まっていた。そして、この研究所は「学際的アプローチ」や「総合的アプローチ」に果敢に挑戦するスタイルを採っていて、例えば、経済学者と物理学者といった全く違った分野の専門家が一緒のテーブルに着き、専門用語の壁を超え、「複雑系」といったテーマについて、自由かつ率直に議論するといった文化を持つ。

この研究所の創設者でもある元所長のジョージ・コーワン博士は、サンタフェ研究所の将来に対し、今後、どの分野の専門家(スペシャリスト)を必要としているのか、の問いに対し、以下のように答えたという。
「この研究所には専門家(スペシャリスト)は、もう十分にいる。我々が本当に必要としているのは、それら様々な分野を、研究を『統合』する『スーパージェネラリストだ』」と。
個別の分野の「専門に知性」だけでは解決できない「学際的問題」を解決するために、個別の「専門の知性」を、その「垣根」を超えて統合する「統合の知性」が必要であり、コーワン博士が「スーパージェネラリスト」と呼んだのは、そうした「統合の知性」を持った人材のことで、それは、様々な専門分野を、その境界を超えて水平に統合する「水平統合の知性」を持った人材のことを云うのだそうだ。

多摩大学大学院名誉教授でシンクタンク・ソフィアバンク代表の田坂広志氏は「専門の知性」ではなく、「統合の知性」を持った人材、それも「水平統合の知性」ではなく「垂直統合の知性」を持った人材が必要であると言う。そして、映画「アポロ13号」で描かれたジーン・クランツの姿は、我々に求められる「知性」の在り方を象徴的に示しているというのである。
・これまで誰も経験したことが無い、前代未聞の事故。
・絶望的な極限状況に置かれた、三人の乗組員の生命。
・専門家達も解決策を見出せない、想像を絶する難題。
こうした問題を前にして、NASAの専門家達を率い、その難題に粘り強く取り組み、最終的に、それを成功裏に解決した人物。容易に答えの見つからない問いに対して決して諦めず、その問いを問い続ける「知性」を持ったジーン・クランツは「垂直統合の思考」を持っていたという。すなわち、様々なレベルでの思考を切り替えながら並行して進め、それらを瞬時に統合することができるのだというのだ。
そして、その様々な思考とは、次の「7つのレベルの思考」を指す。

①明確な「ビジョン」
②基本的な「戦略」
③具体的な「戦術」
④個別の「技術」
⑤優れた「人間力」
⑥素晴らしい「志」
⑦深い「思想」

これら「7つのレベル思考」を切り替えながら並行して進め、それらを瞬時に統合することができ、「垂直統合」の思考を身に付けていたと言うのである。

では、この「7つのレベルの思考」を身に付けるにはどうしたら良いのか。
その答えは「自己限定を捨てる」こと。
我々は、無意識に自分の思考を自分が得意だと思っている「思考レベル」に限定しておこなう傾向があり、その「自己限定」のために、自分の中に眠る「可能性」を開花させることができないで終わってしまう。自分の限界を超えることにより、「7つのレベル思考」を身に付けることができるのである。

私は、習字教室を営み、書道家という肩書も持っていることにおいては、その分野ではスペシャリストではあるが、勉強会、イベントの主催などを開催する寺子屋「玉川未来塾」主宰者の立場では、スペシャリストを講師に依頼し、それを形にするといった意味では、ジェネラリストであるかと思う。

現代社会を見ていると、それぞれの分野でのスペシャリストはたくさんいるが、ジョーン・クランツのように、客観的な視野で物事を整理し、そして、総合して物事の解決に向かって尽力するといったジェネラリストの存在はスペシャリストに対してどの程度の割合でいるのか。むしろ、少ないのではないか。
ジェネラリストの視点をもって、物事に当たることが、複雑化した現代社会にはとても必要ではないのか。そして、自己の限界を超えることこそが、人間を成長させる早道なのではないか。さらには、そうすることによって、「スーパージェネラリスト」という「垂直統合」の思考を身に付けることができ、どんな困難にも立ち向かい、解決することができるのではないか。色々な問題が湧き起こる現代だからこそ、そう思って止まない昨今である。
2023.07.30 15:52 | 固定リンク | その他

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