終戦80年に向けて⑧~特攻作戦80年の日に思う
2024.10.26
特攻作戦が敢行されて80年。昭和19年10月25日、日米海軍の主力が激突したフィリピン沖海戦で、関行男大尉率いる敷島隊などの零戦や艦上爆撃機が体当たりし、護衛空母1隻撃沈などの戦果をあげた。第1陣である海軍の神風(しんぷう)特別攻撃隊がフィリピン・レイテ島沖の米艦隊に突入してから80年を迎えた。
特攻作戦とは、「特別攻撃作戦」の意味で、他の戦闘と根本的に違う点が「必ず死ぬこと」が定められた作戦であるということ。重さ250kgの爆弾を装着した戦闘機で敵の艦船に体当たりして沈めるという『必死』条件の作戦であった。
特攻隊員の戦死者は、公益財団法人「特攻隊戦没者慰霊顕彰会」によると、海軍が4,146人、陸軍が2,225人の計6,371人に上る(ただし、資料によっては人数に差異があり、戦死者数は確定されていない)。
特攻作戦の立案者の大西瀧治郎海軍中将自身、この作戦を「統率の外道」と認めていたように戦術として異常である。しかし、何故、特攻作戦をしなければならなかったのか。このブログでも何度も問いかけた。しかし、この特攻を語るに、特攻に殉じた若者、そしてそれを命じた者たちに分けて話をする必要があるというのは、自分の答えの中のひとつである。
「靖國で会おう」「後に続くを信ず」との想いを胸に、国を親兄弟を恋人を故郷を護ろうと出撃し散華された若者たち。軍上層部への不信感を募らせながらも自らが命を懸けると決心して立ち上がった者もいただろう。「命を懸けてでも約束を守ります」とよく政治家が言うが、特攻隊員の方々の想いを知れば知るほど、そう簡単に「命を懸ける」なんて私は言えない。二度とこんなことがあってはならい。10月25日付産経新聞の主張の欄にも書いてあったが、「現代日本は特攻のような究極の戦術をとらずとも国を守るため、外交、防衛の手立てを講ずる必要がある」と。その通りである。
残された遺族はどんな思いだったのか。
ひとつの手紙を紹介したい。
「天国のあなたへ 秋田県 柳原タケ
娘を背に日の丸の小旗を振ってあなたを見送ってからもう半世紀がすぎてしまいました。
たくましいあなたの腕に抱かれたのはほんのつかの間でした。
三十二歳で英霊となって天国に行ってしまったあなたは今どうしていますか。
私も宇宙船に乗ってあなたのおそばに行きたい。
あなたは三十二歳の青年、私は傘寿を迎えている年です。
おそばに行った時おまえはどこの人だなんて言わないでね。
よく来たと言ってあの頃のように寄り添って座らせてくださいね。
お逢いしたら娘夫婦のこと孫のことまたすぎし日のあれこれを話し思いきり甘えてみたい。
あなたは優しくそうかそうかとうなずきながら慰め、よくがんばったとほめてくださいね。
そしてそちらの『きみまち坂』につれていってもらいたい。
春のあでやかな桜花、
夏なまめかしい新緑、
秋ようえんなもみじ、
冬清らかな雪模様など、
四季のうつろいの中を二人手をつないで歩いてみたい。
私はお別れしてからずっとあなたを思いつづけ愛情を支えにして生きてまいりました。
もう一度あなたの腕に抱かれてねむりたいものです。
力いっぱい抱き締めて絶対はなさないで下さいね」。
秋田県二ツ井町が主催した1995年2月14日バレンタインデー「第1回日本一心のこもった恋文」大賞に輝いた柳原タケさんが書いたものである。柳原さんは当時80才で秋田市に住んでおられた。この文は靖国神社の遊就館のビデオにも紹介されており、元雑誌「正論」編集長の大島信三氏のブログにもこの文と出合った時の感動が述べられている。
「戦死した夫は三十二歳のままで柳原タケさんの心の中に生き続けています。傘寿(さんじゅ)とありますから、この天国への書簡はタケさんが八十歳のときに書いたものであることがわかります。おそらくタケさん自身もずっと新婚当時の気持ちのままで夫と対話してきたのでしょう。それにしても、なんとも瑞々しい文章です。愛情の継続性に驚嘆します。
同時に、つかの間の新婚生活しか過ごせなかった時代に巡り合わせてしまった不遇にことばもありません。この一文をメモ帳に書き留めていましたら、三人連れの中年女性が立ち止まりました。彼女たちは読み終えたあと、嗚咽しながらその場を離れていきました」。
…言葉にならない…。今、この文を書いていて、涙が溢れてくる…。
かたや特攻を命じた者の想いはどうであったか。
著書『特攻の真意 大西瀧治郎はなぜ「特攻」を命じたのか』(神立尚紀著=ノンフィクション作家、写真家)は、著者による聞き書きをもとにして、そもそも特攻とは何か、大西中将の実像とはいかなるものだったのかが、編まれているが、その中の文章が端的に表現されているので、以下引用したい。
「昭和19年11月下旬、部下の特攻機を率いてフィリピン・ミンダナオ島のダバオ基地に派遣されたさい、大西の右腕である第一航空艦隊参謀長・小田原俊彦大佐から聞かされた話である。角田はかつて、小田原から計器飛行を教わったことがあった。小田原は、『教え子が、妻子をも捨てて特攻をかけてくれようと言うのに、黙っているわけにはいかない』と、大西から、『参謀長だけは私の真意を理解して賛成してもらいたい。他言は絶対に無用である』と言われていたというその真意を話してくれたのだ。小田原大佐の語った大西中将の真意を、角田は克明に記録している」と。
そして、それは「これ(特攻によるレイテ防衛)は、九分九厘成功の見込みはない。これが成功すると思うほど大西は馬鹿ではない。では何故見込みのないのにこのような強行をするのか、ここに信じてよいことが二つある。
一つは万世一系仁慈をもって国を統治され給う天皇陛下は、このことを聞かれたならば、必ず戦争を止めろ、と仰せられるであろうこと。
二つはその結果が仮に、いかなる形の講和になろうとも、日本民族がまさに亡びんとする時に当たって、身をもってこれを防いだ若者たちがいた、という事実と、これをお聞きになって陛下御自らの御仁心によって戦を止めさせられたという歴史の残る限り、五百年後、千年後の世に、必ずや日本民族は再興するであろう、ということである。
しかし、このことが万一外に洩れて、将兵の士気に影響をあたえてはならぬ。さらに敵に知れてはなお大事である。敵に対してはあくまで最後の一兵まで戦う気魄を見せておかねばならぬ。敵を欺くには、まず味方よりせよ、という諺がある。
大西は、後世史家のいかなる批判を受けようとも、鬼となって前線に戦う。講和のこと、陛下の大御心を動かし奉ることは、宮様と大臣とで工作されるであろう。天皇陛下が御自らのご意志によって戦争を止めろと仰せられたとき、私はそれまで上、陛下を欺き奉り、下、将兵を偽り続けた罪を謝し、日本民族の将来を信じて必ず特攻隊員の後を追うであろう」。
…考えさせられる…。
先述の産経新聞「主張」では、以下のように記している。
「特攻は戦後、『軍国主義の象徴』などと批判された。選ばざるを得なかったとはいえ、前途有為の青年の特攻に頼った当時の軍へ批判があるのは当然だろう。現代日本は特攻のような究極の戦術をとらずとも国を守るため、外交、防衛の手立てを講ずる必要がある。
特攻にさらされた米軍は大きな損害を被った。特攻は400隻以上もの米艦や多数の米軍将兵に損害を与え、米軍上層部に深刻な危機感を植え付けたことが戦後の研究で明らかになっている。特攻を『カミカゼ』と呼んだ米軍は、異常な戦術とみなす一方、特攻隊員には敬意を払う米軍人も多かった。特攻は、世界が日本人を強い存在とみなす一因となり、戦後の日本も守ってくれている。
特攻に赴いた将兵一人一人にさまざまな思いがあったことを想像するとき、尊敬と悲しみの念が一緒に浮かんでくる。日本は、亡くなった隊員を忘れてはならず、国として顕彰と慰霊を厚くしなければならない」。
寺子屋「玉川未来塾」では、今年は「特攻作戦から80年」をテーマにイベントを開催した。そして、来年は「終戦80年」をテーマにイベントを開催する。今日の日本の平和があるのは命を賭して戦ってくれた先人のお陰で、その英霊の尊い犠牲の上に今の平和があるのである。
「特攻を賛美するな」とか「戦争に賛成なのか」などとご批判をいただくことがある。しかし、賛美もしていないし、戦争は絶対に反対である。
そうではなくて、実際に、命を懸けて戦ってくれた先人がいるという事実にスポットを当てた時に、なぜ、その先人に感謝の気持ちを述べることがいけないのか。何故、英霊が祀られている靖國神社を感謝の誠を胸に参拝してはいけないのか。事実を客観的に見ていけば、その答えが、私が行うイベントの「事実」なのであって、誰も何も言えないはずである。英霊への感謝以外の何物でもない。
結びに、先日開催したイベントでお話をいただいたジャーナリストの上島嘉郎元雑誌「正論」編集長からの次代を担う若者たちへのメッセージでいただいた言葉で締めたいと思う。
「ご両親を大事に、無限の希望を持って羽ばたいてほしい。そして、彼らがいたということを忘れないで欲しいし、忘れることは二度殺すことになる。日本の未来は次代を担う若者にかかっているが、それはそれとして、自分の人生をいかに充実させて大切に生きていくかを考えてほしいし、自分の人生を充実させて生きていくことが、どこか日本の国のために役立つこと、自分以外の誰かのために役立てるということを意識して欲しい。思いは繋がっており、自分は一人ではなく、大きな日本人という民族の一人としての存在である」。
心の奥深くに噛み締めたい。
特攻作戦とは、「特別攻撃作戦」の意味で、他の戦闘と根本的に違う点が「必ず死ぬこと」が定められた作戦であるということ。重さ250kgの爆弾を装着した戦闘機で敵の艦船に体当たりして沈めるという『必死』条件の作戦であった。
特攻隊員の戦死者は、公益財団法人「特攻隊戦没者慰霊顕彰会」によると、海軍が4,146人、陸軍が2,225人の計6,371人に上る(ただし、資料によっては人数に差異があり、戦死者数は確定されていない)。
特攻作戦の立案者の大西瀧治郎海軍中将自身、この作戦を「統率の外道」と認めていたように戦術として異常である。しかし、何故、特攻作戦をしなければならなかったのか。このブログでも何度も問いかけた。しかし、この特攻を語るに、特攻に殉じた若者、そしてそれを命じた者たちに分けて話をする必要があるというのは、自分の答えの中のひとつである。
「靖國で会おう」「後に続くを信ず」との想いを胸に、国を親兄弟を恋人を故郷を護ろうと出撃し散華された若者たち。軍上層部への不信感を募らせながらも自らが命を懸けると決心して立ち上がった者もいただろう。「命を懸けてでも約束を守ります」とよく政治家が言うが、特攻隊員の方々の想いを知れば知るほど、そう簡単に「命を懸ける」なんて私は言えない。二度とこんなことがあってはならい。10月25日付産経新聞の主張の欄にも書いてあったが、「現代日本は特攻のような究極の戦術をとらずとも国を守るため、外交、防衛の手立てを講ずる必要がある」と。その通りである。
残された遺族はどんな思いだったのか。
ひとつの手紙を紹介したい。
「天国のあなたへ 秋田県 柳原タケ
娘を背に日の丸の小旗を振ってあなたを見送ってからもう半世紀がすぎてしまいました。
たくましいあなたの腕に抱かれたのはほんのつかの間でした。
三十二歳で英霊となって天国に行ってしまったあなたは今どうしていますか。
私も宇宙船に乗ってあなたのおそばに行きたい。
あなたは三十二歳の青年、私は傘寿を迎えている年です。
おそばに行った時おまえはどこの人だなんて言わないでね。
よく来たと言ってあの頃のように寄り添って座らせてくださいね。
お逢いしたら娘夫婦のこと孫のことまたすぎし日のあれこれを話し思いきり甘えてみたい。
あなたは優しくそうかそうかとうなずきながら慰め、よくがんばったとほめてくださいね。
そしてそちらの『きみまち坂』につれていってもらいたい。
春のあでやかな桜花、
夏なまめかしい新緑、
秋ようえんなもみじ、
冬清らかな雪模様など、
四季のうつろいの中を二人手をつないで歩いてみたい。
私はお別れしてからずっとあなたを思いつづけ愛情を支えにして生きてまいりました。
もう一度あなたの腕に抱かれてねむりたいものです。
力いっぱい抱き締めて絶対はなさないで下さいね」。
秋田県二ツ井町が主催した1995年2月14日バレンタインデー「第1回日本一心のこもった恋文」大賞に輝いた柳原タケさんが書いたものである。柳原さんは当時80才で秋田市に住んでおられた。この文は靖国神社の遊就館のビデオにも紹介されており、元雑誌「正論」編集長の大島信三氏のブログにもこの文と出合った時の感動が述べられている。
「戦死した夫は三十二歳のままで柳原タケさんの心の中に生き続けています。傘寿(さんじゅ)とありますから、この天国への書簡はタケさんが八十歳のときに書いたものであることがわかります。おそらくタケさん自身もずっと新婚当時の気持ちのままで夫と対話してきたのでしょう。それにしても、なんとも瑞々しい文章です。愛情の継続性に驚嘆します。
同時に、つかの間の新婚生活しか過ごせなかった時代に巡り合わせてしまった不遇にことばもありません。この一文をメモ帳に書き留めていましたら、三人連れの中年女性が立ち止まりました。彼女たちは読み終えたあと、嗚咽しながらその場を離れていきました」。
…言葉にならない…。今、この文を書いていて、涙が溢れてくる…。
かたや特攻を命じた者の想いはどうであったか。
著書『特攻の真意 大西瀧治郎はなぜ「特攻」を命じたのか』(神立尚紀著=ノンフィクション作家、写真家)は、著者による聞き書きをもとにして、そもそも特攻とは何か、大西中将の実像とはいかなるものだったのかが、編まれているが、その中の文章が端的に表現されているので、以下引用したい。
「昭和19年11月下旬、部下の特攻機を率いてフィリピン・ミンダナオ島のダバオ基地に派遣されたさい、大西の右腕である第一航空艦隊参謀長・小田原俊彦大佐から聞かされた話である。角田はかつて、小田原から計器飛行を教わったことがあった。小田原は、『教え子が、妻子をも捨てて特攻をかけてくれようと言うのに、黙っているわけにはいかない』と、大西から、『参謀長だけは私の真意を理解して賛成してもらいたい。他言は絶対に無用である』と言われていたというその真意を話してくれたのだ。小田原大佐の語った大西中将の真意を、角田は克明に記録している」と。
そして、それは「これ(特攻によるレイテ防衛)は、九分九厘成功の見込みはない。これが成功すると思うほど大西は馬鹿ではない。では何故見込みのないのにこのような強行をするのか、ここに信じてよいことが二つある。
一つは万世一系仁慈をもって国を統治され給う天皇陛下は、このことを聞かれたならば、必ず戦争を止めろ、と仰せられるであろうこと。
二つはその結果が仮に、いかなる形の講和になろうとも、日本民族がまさに亡びんとする時に当たって、身をもってこれを防いだ若者たちがいた、という事実と、これをお聞きになって陛下御自らの御仁心によって戦を止めさせられたという歴史の残る限り、五百年後、千年後の世に、必ずや日本民族は再興するであろう、ということである。
しかし、このことが万一外に洩れて、将兵の士気に影響をあたえてはならぬ。さらに敵に知れてはなお大事である。敵に対してはあくまで最後の一兵まで戦う気魄を見せておかねばならぬ。敵を欺くには、まず味方よりせよ、という諺がある。
大西は、後世史家のいかなる批判を受けようとも、鬼となって前線に戦う。講和のこと、陛下の大御心を動かし奉ることは、宮様と大臣とで工作されるであろう。天皇陛下が御自らのご意志によって戦争を止めろと仰せられたとき、私はそれまで上、陛下を欺き奉り、下、将兵を偽り続けた罪を謝し、日本民族の将来を信じて必ず特攻隊員の後を追うであろう」。
…考えさせられる…。
先述の産経新聞「主張」では、以下のように記している。
「特攻は戦後、『軍国主義の象徴』などと批判された。選ばざるを得なかったとはいえ、前途有為の青年の特攻に頼った当時の軍へ批判があるのは当然だろう。現代日本は特攻のような究極の戦術をとらずとも国を守るため、外交、防衛の手立てを講ずる必要がある。
特攻にさらされた米軍は大きな損害を被った。特攻は400隻以上もの米艦や多数の米軍将兵に損害を与え、米軍上層部に深刻な危機感を植え付けたことが戦後の研究で明らかになっている。特攻を『カミカゼ』と呼んだ米軍は、異常な戦術とみなす一方、特攻隊員には敬意を払う米軍人も多かった。特攻は、世界が日本人を強い存在とみなす一因となり、戦後の日本も守ってくれている。
特攻に赴いた将兵一人一人にさまざまな思いがあったことを想像するとき、尊敬と悲しみの念が一緒に浮かんでくる。日本は、亡くなった隊員を忘れてはならず、国として顕彰と慰霊を厚くしなければならない」。
寺子屋「玉川未来塾」では、今年は「特攻作戦から80年」をテーマにイベントを開催した。そして、来年は「終戦80年」をテーマにイベントを開催する。今日の日本の平和があるのは命を賭して戦ってくれた先人のお陰で、その英霊の尊い犠牲の上に今の平和があるのである。
「特攻を賛美するな」とか「戦争に賛成なのか」などとご批判をいただくことがある。しかし、賛美もしていないし、戦争は絶対に反対である。
そうではなくて、実際に、命を懸けて戦ってくれた先人がいるという事実にスポットを当てた時に、なぜ、その先人に感謝の気持ちを述べることがいけないのか。何故、英霊が祀られている靖國神社を感謝の誠を胸に参拝してはいけないのか。事実を客観的に見ていけば、その答えが、私が行うイベントの「事実」なのであって、誰も何も言えないはずである。英霊への感謝以外の何物でもない。
結びに、先日開催したイベントでお話をいただいたジャーナリストの上島嘉郎元雑誌「正論」編集長からの次代を担う若者たちへのメッセージでいただいた言葉で締めたいと思う。
「ご両親を大事に、無限の希望を持って羽ばたいてほしい。そして、彼らがいたということを忘れないで欲しいし、忘れることは二度殺すことになる。日本の未来は次代を担う若者にかかっているが、それはそれとして、自分の人生をいかに充実させて大切に生きていくかを考えてほしいし、自分の人生を充実させて生きていくことが、どこか日本の国のために役立つこと、自分以外の誰かのために役立てるということを意識して欲しい。思いは繋がっており、自分は一人ではなく、大きな日本人という民族の一人としての存在である」。
心の奥深くに噛み締めたい。
終戦80年に向けて⑦~彼らを忘れない
2024.09.26
去る9月23日(月・振替休日)、靖國神社啓照館において「特攻作戦から80年『次代へ繋ぐ 特攻隊員の想い』」トークライブを開催し、約80人の方々にお越しいただきました。
ご来場いただきました皆様、誠にありがとうございました。
また、お忙しい中、ご登壇をいただきました柿崎ゆうじ監督、上島嘉郎さん、そして葛城奈海さん、心から感謝申し上げます。
そして、お手伝いに来てくれた若いスタッフの皆様、お忙しいのにも関わらず、ご協力をいただき、ありがとうございました。
さらには、企画から当日まで、靖國神社職員の皆様には本当にお世話になりました。心から御礼を申し上げます。
当日は澄んだ、そして、厳かで清々しい空気の中、来場者皆様と一緒に本殿にて昇殿参拝をさせていただき、英霊に感謝の誠を捧げさせていただきました。
特攻を作戦として行われるようになってから80年という今年、「特攻」をテーマとして、
舞台「帰って来た蛍」で脚本・演出・製作総指揮を務めた柿崎監督と、そして、数々の有識者への取材を重ねたジャーナリストで元雑誌「正論」編集長の上島嘉郎さん、そして葛城奈海さんの見事な司会進行のもと、トークライブを開催し、貴重なお話を伺うことが出来ました。
その中で、特攻に殉じた若者、そしてそれを命じた者たちに分けて話をする必要があると、冒頭、上島さんからのお話があり、統率の外道と自らを称した大西瀧治郎中将のお話や、特攻に反対した指揮官のお話、さらには今までの視点とは違った深い内容の話に、感嘆しました。
また、知覧陸軍特攻基地から出撃した特攻隊員と〝特攻の母〟として特攻隊員の出撃を見守った鹿児島・知覧の「富屋食堂」のおかみ・鳥濱トメさんとの秘話である、舞台「帰って来た蛍」を2008年以来から上演し続けた柿崎監督からは、鳥濱トメさんを題材にして、舞台にしていこうと思ったきっかけのお話や制作エピソード、作品に対する思いなどをお話いただきました。
最後に、「ご両親を大事に、無限の希望を持って羽ばたいてほしい。そして、彼らがいたということを忘れないで欲しいし、忘れることは二度殺すことになる。
日本の未来は次代を担う若者にかかっているが、それはそれとして、自分の人生をいかに充実させて大切に生きていくかを考えてほしいし、自分の人生を充実させて生きていくことが、どこか日本の国のために役立つこと、自分以外の誰かのために役立てるということを意識して欲しい。思いは繋がっており、自分は一人ではなく、大きな日本人という民族の一人としての存在である」と次代を担う若者へのメッセージをいただきました。
登壇者の皆様には、本当に貴重なお話を伺うことができ、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
今回のイベントで今年度も最後。
今年は2回のイベントを全て靖国神社で開催させていただきました。何れもテーマは「特攻」について。
平気で人を殺める犯罪が増えている昨今、また、犯罪を犯しているにも関わらず、平気で逃走する者がいる、そんな現代社会を憂う今日において、私は、他人を思う気持ちが足りなくなった人が多くなったように感じてきました。
しかし、あの大戦時、しかも必死の特攻作戦のため、生きたくても生きられなかった人たちがいた。公のために尽くし、家族のため、愛する恋人のために、戦ってくださったその先人たちの思いを感じて貰いたいと。
その思いを靖国神社で開催することで、ご来場いただいた皆様は、それをどう感じてくださったのかと思う次第です。
1つでも心の中に残るものがありましたらこんなに嬉しいことはありません。
来年は終戦80年。とても大事な年だと位置づけています。その年に相応しいイベントをまた企画してお届けしたいと思っています。
今年も私が企画するイベントにご参加いただきました全ての皆様に、心から感謝申し上げます。
また、来年も、どうぞよろしくお願いいたします。
最後に、ご来場いただきました皆様から多くのコメントをいただきました。これを読んでいただくと、どういった話があったのか、分かると思います。長くなりますが、ご覧いただけましたら幸いです。
・上島さん、柿崎監督、葛城さんそれぞれの思いを伺うことが出来、良かったです。戦争を美化すること無く実相を後世に引き継ぐためにも、小・中学校の歴史教科書を書き直す必要があろうと思います。その前にマスコミや教師を何とかせねばということなのでしょう。(埼玉県在住・50代男性)
・今回はこの様な大変貴重なお話をお聞かせて頂き誠にありがとうございました。戦争や特攻作戦が記憶から歴史へと変わり始めているこの時代に私達若者が正しい歴史を学び、当時の特攻隊の方々やそのご家族やご友人の方々の想いを知ることが何より価値が高いものだと感じました。特攻をした方々は特攻で亡くなり無に帰すわけではなく、その想いを次世代の人が忘れることがなければ永遠に不滅であるという点に非常に感動し、そして私達日本人がその方々の想いによって今生活できていることに感謝の想いで溢れました。また、命を懸けて日本を守ってくださった先人たちがいながら今の若者の多くは夢や希望もなくただなんとなく生きている人が多いと感じます。その為、今回のお話を聞くことができた若者の代表として私が特攻隊の方々の想いや正しい歴史を更に多くの若者に伝えていきます。本日はありがとうございました。(東京都在住・20代男性)
・今までと違う話が聞けて新鮮でした。ほんとなら、戦争を考えたりしないで、普通に暮らせただろう英霊たちの、心の声を知る事ができたなら…と考えたりします。上島さんの、話し方が優しく、とてもわかりやすくて、聞いていて心に刺さりました。最後に、葛城さんが壇上に立ち、何も見ずに遺書を話してくれたのも、感動し印象に残りました。今回は、今まで以上に、素晴らしいイベントでした。ありがとうございました。(東京都在住・50代女性)
・この度は貴重な機会に参加させて頂き、誠にありがとうございました。言葉にならない想いで胸がいっぱいですが、感じた事を伝えさせて頂ければと思っております。私自身、これまで日本人として何となくの誇りを感じて生活してきました。それは、日本という国が居心地が良く、想いやりに溢れた国だという自信があったためです。今回の特攻作戦のお話を聞いて、日本人たる矜恃を忘れたくないし、父祖たちの紡いできた想い、魂を私たちが後世へ伝えていく必要があるなと感じさせて頂きました。特攻という、必死の戦場へ向かっていく若者たちの葛藤、分かっていても未来の和平のために自分の責務を全うしようという透明な決意などを知り、現在生きれていることへの有り難さを実感しました。そして、この想いを忘れないことで、今後彼らより何倍もの人生を生きるであろう私達が使命感を持って伝えていきます。今回の講演を聞くことができて、大変感動致しました。ありがとうございました。(東京都在住・20代女性)
・子に危害が加えられようとした時に、何もしない親はいない。武器がなければ、自身の身体で戦う。これと特攻は究極的に同じである。上島氏のコメントだったかと思うが、非常に腑に落ちたし、特攻隊の方々の気持ちが少しだけ、理解出来たような気がする。すごい良い説明を頂いたと思っています。新婚にも関わらず特攻に向かわれた方々。妻や後世の日本人を守るためとはいえ、妻と別れなければならないのはどれだけ辛いことだろうと、結婚したからこそ、より感じるものがありました。だからこそ、私たちを守ろうとした英霊を絶対に忘れてはいけないと、より強く思えました。また、上島氏の最後のメッセージにも勇気をもらえました。先ずは自分の人生を充実させる、そこで一生懸命することがいつか、国にも繋がってくると思うといったメッセージだったかと思います。地に足をつけ、仕事場で自分の力をしっかり付けること。並行して、玉川未来塾などで国への意識を持ち続ける。その方針でこれからも頑張りたいと思います。貴重な機会、ありがとうございました。(いつかは、妻にも触れてもらうようにしたいなと思います。)(東京都在住・20代男性)
・とても良い機会ありがとうございました。出来れば、で良いのですが、昇殿参拝をトークライブに出来れば良いなと思いました。特攻隊への学びを深めた後に、その気持ちでもう一度参拝したいと思った次第です。(東京都在住・20代男性)
・きっと敵も味方もなかったと思います。特攻隊員の人たちがどのような気持ちで過ごしたかを知り胸が圧し潰されるようでした若いのにみんな凄くて偉くて立派です たくさんの人たちが生きたかった生きていたかった今日、私も大切に生きたいと思います。一人ひとりが平和について考えることが必要だと思います。今日も素晴らしいト一クをありがとうございます。圧倒されるほど感動しました 貴重な1日を ありがとうございました また宜しくお願い致します。(千葉県在住・50代女性)
・日本人として、先人達の想いを感じ、改めて自らを見つめ直す良い機会を得る事が出来ました。日本人として一人一人が、先の大戦の意義を知り、先人達の想いを繋ぐイベントをこれからもよろしくお願いします。(東京都在住・50代男性)
・本日はお疲れ様でした。ありがとうございました。初めて本殿で参拝させてもらい、涼しい風と美しい緑に触れながら、感動的な瞬間を味合うことができ、感謝しています。また、閉会の辞を述べようとした玉川さんが感極まり、沈黙が数秒続いた後、いつもと違う音声で喋り始めた時は、ホロリとしてしまいました。ただ、トークは、柿崎さんは評価できたものの、他のお二人には、何か違和感を感じました。私と同じ種族ではない?みたいな。ま、トークスタイルでの難しさなのかもしれませんね。また、来年の終戦80周年のイベントには、機会が許せば参加したいと思います。(東京都在住・50代女性)
・本日は参加出来たことで、命の使い方、死生観の本質が聞けました。私も微力ながら、国や相手、誰かのために命を費やし、そのことで自分の心が成長し、成長したことでまた、相手や国のために頑張る。共存共栄、国民と皇室の國體の精神性を特攻精神、楠木正成の忠、武士道など振り返ることが出来ました。またどうぞ宜しくお願い致します。(東京都在住・40代男性)
・私たちは特攻隊のご遺族である。なぜなら、私たちのために犠牲になられたから。20代から上の世代まで一緒に考えました。柿崎監督の事務所の俳優の方々がたくさん来られていましたが、スゴく幸せだと思います。柿崎監督がレールを引き、共に精神性も創り上げていく。素晴らしい監督です。これからは考えるだけではなく、現場に行く、本物に触れる、当事者と交流することで心に落とし込む事が必要だと感じています。素晴らしい収穫の日でした。最後に葛城さんから、靖國の招魂斎庭を教えて頂き、初めてお参りをいたしました!ありがとうございました。(東京都在住・40代男性)
・今回も心に沁みる素晴らしいトークライブでした。企画をありがとうございました。今日一緒に参加していた◯◯さんとも仲間で、赤羽潤さんにも気をかけて頂いてます。戦没者慰霊顕彰や有志との清掃奉仕、遺骨収容にも参加しており、今日のトークも日頃の活動での気持ちと繋がることもあり感慨深くなり胸が熱くなりました。周りの人も誘ってまた参加したいと思います。引き続き宜しくお願い致します。(千葉県在住・40代男性)
・昨年に引き続き、本日のイベントへ参加させて頂きました。上島さんの言葉や感性が今までの私の中にはないもので、とても新鮮でした。皆さんのお話を聞いている時に何度も感動して涙が出て、感想を上手く言い表すことは出来ませんが、まずは自分の人生を力いっぱい生きていこう、と勇気を頂きました。玉川さんのFacebookで、何ヶ月も前から本講演会の準備をして下さっていたことを拝見し、このような貴重なイベントを企画頂いたこと、そして参加させて頂けたことに本当に感謝しております。(20代女性)
・参加させて頂いて、本当に良かったです。素晴らしいトークライブでした。今年、僕が参加したどの研修、講演会よりも濃く有意義で感動的な内容でありました。靖國神社へ伺うのは今年5回目でした。企画のお題が特攻作戦であり、また一般の若者が主対象と聞いておりましたので、あまり深く掘り下げない“反リベラル戦後民主主義”を叫ぶような内容かな?!・・と真に失礼ながらタカを括っておりました。ところが、全く左にあらず!!特攻作戦を立案、命令する将官・指揮官と、実際に出撃して征く兵士・搭乗員との複雑な葛藤と心境に丁寧にスポットを当ててお話くださいました。僕自身、割り切れないモヤモヤを抱えておりまして、今もそれはそうなのですが、そのモヤモヤにしっかり輪郭をつけてくれたような気がします。全体のシナリオは玉川さんがお作りになったものと拝察いたしますが、本当に良く出来ていました。最後の葛城さんの大西瀧治郎中将の遺書の朗読(暗誦)は涙腺が壊れました。「特攻精神を堅持し・・」とは「公に殉ずる覚悟を持て(保て)」という事なのですね。
余談であります。アメリカのSF『ディープインパクト』のラストに近くで、彗星に宇宙船ごとぶつけて自分達は死んでも地球を救おうと、船長のロバート・デュバルがポケットから日本の特攻隊員の遺書の写しを取り出して読み上げるシーンがありました。『アルマゲドン』にも『インデペンデンス・ディ』にも自己犠牲のシーンがあります。アメリカ人の方が自然に受け止めているのかも知れません。これからの企画、大いに期待しております。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。(東京都在住・40代男性)
・特攻のお話を伺い、大西瀧治郎中将のご遺書の言葉を伺い、とても胸が熱くなり込み上げるものがありました。直接に戦争経験をなされた語り部の方々がいらっしゃらなくなるこれからの時代に、記憶から消えてしまわぬように我々が伝えていかなければと身が引き締まりました。来年の3月あたり、サイパンにも行ってみようと思います。この度は貴重な機会を誠にありがとうございます。(30代男性)
・今回のイベントは、内容が濃くて、初めて聞く話もあり、素晴らしい時間を過ごしました。一つ一つの言葉が、心に刺さりました。何度かイベントに参加してますが、毎回思うのは、「忘れてはいけない」。そして「知りうる事を伝えていく」。若き英霊たちがいたから、今のこの日本がある事を忘れてはいけない…。そして伝えていかなくてはいけない…。参加して良かった。また必ず参加したいと思います。(東京都在住・50代女性)
・今回は特によかったと思います!玉川さんが悩みに悩み練りに練ったであろう台本、上島さんの「忘れることは二度殺すことだ」、柿崎監督の不屈の行動、本当に胸に突き刺さりました。歴史を検証するのは歴史家の仕事ですが、後世のこれからを生きる人へ伝え繋ぐのは間違いなく僕らの務めです。敬意を込めて、一助になれればと、強く思う次第です。(東京都在住・50代男性)
・先人の方が未だ見ぬ後世の僕らへ言い残した、どうしてもの思いの中の一つ「世界和平」とは、現代の感覚ならば「戦争のない世界」なのでしょうが、最近になって知るにつれ、「隷属しない自由と誇りある世界」こそが、大東亜戦争の悔いのない成果だったのではないかと考えています。「神風特攻」とは、日本の敗戦とともに吹いたアジアの風だったのでないでしょうか。(大田区在住・50代男性)
・今日のトークライブを通して、野中中佐などの知らない人物を知ることができ、とても勉強になりました。また、今まで普通に見ていた「鬼滅の刃」についての意識も変わりました。「人の想いは不滅」ということをむねに、また違う感情で見てみたいと思いました。そして、私は現地に行ったことがないので、これから足を運びたいと思いました。これから何か悩んだりすることがあったら、心に特攻隊員の方々や、他の英霊の方々を思い浮かべていきたいと思います。そして、上島さん、柿崎さん方がおっしゃってくださった、「彼らがいたことを忘れない」「想いはつながっている」「無限の希望をもって羽ばたく」「自分の人生をいかに大切に生きるか」ということを心に刻んで生きていきたいと思いました。(静岡県在住・10代女性)
・英霊のみなさんが、命をかけて守ろうとしてくれたことを忘れずに、自分ができることを精一杯やっていきたいと思いました。私の祖父も英霊です。特攻隊員ではありませんが、招集軍人でした。最近の多くの人たちは、大東亜戦争のことを誤解していたり、よく知らないと思います。今、こうして私たちが平和な毎日を過ごすことができることは、英霊のみなさんのおかげです。このことを多くの人たちに伝えていき、日本人に誇りを取り戻すようになれる日が一日でも早く来て欲しいと思います。本日はありがとうございました。(静岡県在住・40代男性)
・本殿での参拝が出来て、本当に感動しました。今年のお盆に帰省した時に、たまたま親戚に特攻隊員が居たことを知って、タイミングよく今回のイベントに参加出来ました。何度も戦死された身内の名前を唱えながら参拝出来ました。トークの内容も、大変感動致しました。今まで気づかなかった事、戦争への思い等、深く考えた事もなかったのですが、良い機会となりました。ありがとうございました。又、参加したいと思います。今日はまず一歩です。(東京都在住・60代女性)
・おもてのメディアでは聞けない特攻隊員の想いや、貴重な話を聞くことができ、誠に学びになりました。(東京都在住・20代女性)
・本日は貴重なお話を聞くことができ、とても光栄に思います。私は、当時の状況を学校の歴史の授業で学んできましたが、知らないことばかりで、もっと当時のことを勉強し、今の自分に還元していきたいという思いが強くなりました。ありがとうございます。(東京都在住・20代女性)
・本日は、特攻作戦、特攻隊の思いについて大事なお話を聞かせていただきました。今日の日本と平和があるのは戦ってくださった方、特攻隊員の命と引き換えに日本のために戦ってくださったその思いを忘れずに生かし続けることの大事さに改めて気付きました。ありがとうございました。(神奈川県在住・10代女性)
・特攻隊の方々が、どのような葛藤を抱き、もがきながらも固い決意をもって飛び立ったのか、改めて身に染みて感じました。つないでくれたこの命を、英霊の皆様に恥じぬよう生きていかなければいけない、日本人としてあるべき姿だと思いました。特攻隊の方々の苦しい葛藤と、その中で国を、家族を護るために大きく決意したこの強い思いを私は絶対忘れず胸に刻み生きていきます。私達20代はギリギリ戦争体験者の話を聞くことができた「記憶」している最後の世代だと思っています。そのため、国の進む道がどうなるのかも私達にかかっていると思います。先人たちの思いを忘れず、受け継いで生きていけば、未来の日本も美しく輝いているんじゃないかと思います。そのためにも、目の前の今私にできることを一つ一つ積み上げていきたいと思います。(神奈川県在住・20代女性)
・80年前の特攻隊員の方々も自分たちと何ら変わらない人間だったと、葛藤があったんだと思うと、特攻作戦を美化するのはどうかと思うが、特攻隊員の方々は語り続かなければならないと思った。軍人として死ぬ覚悟を持って戦うのは当たり前だが、若い軍人が死を目的に特攻作戦を遂行するのは全く違うものだと意見した特攻隊員のお話はすごく印象に残った。石原元都知事の襲撃されたお話を聞いて、だから毎年、知事としてもそうだが、日本人として、私人として参拝されたのだなと納得がいった。最後の特攻隊員の中津留さんの話を聞いて、冷静な判断を死の間際までできたのはすごいし、日本の名を死をもって守り抜いたと聞いて鳥肌が立った。(神奈川県在住・20代男性)
・大変熱いものを感じました。歴史で知らないことが沢山ありました。BC級戦犯の存在が忘れられています。是非、勉強会を開いてほしい。日本に資料館も少なく、日本人として、民族として忘れてはならないと思います。(東京都在住・70代男性)
・本日は貴重なお話をしていただきありがとうございました。靖國神社で昇殿参拝をさせていただき、身が引き締まる思いで傾聴させていただきました。上島さんから先の大東亜戦争の時代背景や当時の考え方、特攻隊員やご遺族の方々の思いを聞かせていただき、日本を知ることの大切さを感じました。思いは滅びない、思いはつながっていることを忘れずに自分の人生を歩んでいきたいと思います。柿崎監督からは、舞台「帰って来た蛍」や作品を作る思いを聞かせていただいて舞台に立たせていただけたことに改めて深く感動しています。本日は、本当にありがとうございました。(東京都在住・10代女性)
・特攻について、このように知る機会をありがとうございました。実際にその時代に生きた人々について想いを知ることができ、整備士とパイロットは相棒だったというお話がとても印象的でした。学校の歴史では、死者数や戦跡、終戦の日付を学ぶといった結果、全体を大きく知識として得る教えが多いような気がしています。なので、個人として一人一人の想い、どんな人々が生きていたのか、特攻兵とひとくくりに名前を呼んでも何人何百人の人物がいて、いくつもの隊があって、一人でも多くの人のことを知りたいと思いました。昔に起きたことではなく、もっと身近にあるものと捉え、日本人全員の先祖であるというお話にあったように、日本という国を守ってくれた隊員の方々の心を受け継いでいけるように一生懸命に生きていきたいと思いました。貴重なお話を聞けた機会をありがとうございました。(神奈川県在住・20代女性)
・特攻作戦とは、戦争を知らない自分達からすると、実際に何があったかわからない。自分からすると、このようなイベントがあると真実が分かるので、すごくいいイベントだと思いました。(神奈川県在住・20代男性)
・大変勉強になりました。知らなかったことを聞けた。同志の仲間と思いを共有できた。日本人の考えを、上島先生、柿崎先生、葛城先生と思いを共有できた。昇殿を同志方々と一緒に参拝できてよかった。貴重なお話をありがとうございます。(東京都在住・70代男性)
・素晴らしいフォーラムでした。若い役者さんが良いお話を聞いて、受け止めてくれたと思います。上島さんの最後の中津留達雄さんの話も良かったと思います。また、上島先生のお話を聞いてみたいです。(秋田県在住・男性)
・自分自身、学生時代、剣道をやってきたからか特攻に限らず自らの死をもって誰かを守るという場面はイメージできます。何となく、特攻に行く若者とすれば自分が死ぬことで何十人、何百人を守れる、あるいは倒せると信じることができれば大役を勤めるという納得した思いで旅立ったと思います。これまで、あまり命じる上官の思いを考えた事はなかったのですが、上官としても他に効果的な作戦がない中で、十分な効果が期待できるのであれば辛いながらも納得して命じることができたのではないかと思いました。今の政治家にこうした思いで政治を行ってほしいとも思いました。そして、寺子屋「玉川未来塾」に楠木正成など戦後に失われた歴史を取り上げ、教えてほしいです。
・柿崎氏のトークは、映画、演劇世界のプロとして客観的な観点からの内容であったが、上島氏のトークはあまりに感情的であり、しかも歴史観(戦後の歴史)については、いささか疑問を感じる点も少なからずあった。昨年の特攻隊についての靖國神社関係者からの説明をメインにしたイベントの方が評価できる。(東京都在住・60代女性)
・戦局困難な中での特攻を命じる側、命じられる側の苦悩を切実に感じることができました。国を守るために命を賭して戦った軍人がいて、今日の日本があることを改めて感じました。特攻の想いを風化させない事が、今の日本にとって極めて大切であり、舞台を通じて伝承していただきたいと心より願っています。大変感動するお話を聞くことができ、来てよかったと思います。(埼玉県在住・60代男性)
・感動いたしました。特攻隊の方々に感謝し、毎日を大切に生きようと思う。(東京都在住・70代女性)
・戦争のことを少し勉強していても、全然知らないことを知りました。それと、色んな視点から考えさせられるところが凄く良かったと感じました。そして、今の生活が出来るのも先人達のおかげなので、その人達の想いを受け継ぐことをしなければなと感じました。(東京都在住・30代男性)
ご来場いただきました皆様、誠にありがとうございました。
また、お忙しい中、ご登壇をいただきました柿崎ゆうじ監督、上島嘉郎さん、そして葛城奈海さん、心から感謝申し上げます。
そして、お手伝いに来てくれた若いスタッフの皆様、お忙しいのにも関わらず、ご協力をいただき、ありがとうございました。
さらには、企画から当日まで、靖國神社職員の皆様には本当にお世話になりました。心から御礼を申し上げます。
当日は澄んだ、そして、厳かで清々しい空気の中、来場者皆様と一緒に本殿にて昇殿参拝をさせていただき、英霊に感謝の誠を捧げさせていただきました。
特攻を作戦として行われるようになってから80年という今年、「特攻」をテーマとして、
舞台「帰って来た蛍」で脚本・演出・製作総指揮を務めた柿崎監督と、そして、数々の有識者への取材を重ねたジャーナリストで元雑誌「正論」編集長の上島嘉郎さん、そして葛城奈海さんの見事な司会進行のもと、トークライブを開催し、貴重なお話を伺うことが出来ました。
その中で、特攻に殉じた若者、そしてそれを命じた者たちに分けて話をする必要があると、冒頭、上島さんからのお話があり、統率の外道と自らを称した大西瀧治郎中将のお話や、特攻に反対した指揮官のお話、さらには今までの視点とは違った深い内容の話に、感嘆しました。
また、知覧陸軍特攻基地から出撃した特攻隊員と〝特攻の母〟として特攻隊員の出撃を見守った鹿児島・知覧の「富屋食堂」のおかみ・鳥濱トメさんとの秘話である、舞台「帰って来た蛍」を2008年以来から上演し続けた柿崎監督からは、鳥濱トメさんを題材にして、舞台にしていこうと思ったきっかけのお話や制作エピソード、作品に対する思いなどをお話いただきました。
最後に、「ご両親を大事に、無限の希望を持って羽ばたいてほしい。そして、彼らがいたということを忘れないで欲しいし、忘れることは二度殺すことになる。
日本の未来は次代を担う若者にかかっているが、それはそれとして、自分の人生をいかに充実させて大切に生きていくかを考えてほしいし、自分の人生を充実させて生きていくことが、どこか日本の国のために役立つこと、自分以外の誰かのために役立てるということを意識して欲しい。思いは繋がっており、自分は一人ではなく、大きな日本人という民族の一人としての存在である」と次代を担う若者へのメッセージをいただきました。
登壇者の皆様には、本当に貴重なお話を伺うことができ、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
今回のイベントで今年度も最後。
今年は2回のイベントを全て靖国神社で開催させていただきました。何れもテーマは「特攻」について。
平気で人を殺める犯罪が増えている昨今、また、犯罪を犯しているにも関わらず、平気で逃走する者がいる、そんな現代社会を憂う今日において、私は、他人を思う気持ちが足りなくなった人が多くなったように感じてきました。
しかし、あの大戦時、しかも必死の特攻作戦のため、生きたくても生きられなかった人たちがいた。公のために尽くし、家族のため、愛する恋人のために、戦ってくださったその先人たちの思いを感じて貰いたいと。
その思いを靖国神社で開催することで、ご来場いただいた皆様は、それをどう感じてくださったのかと思う次第です。
1つでも心の中に残るものがありましたらこんなに嬉しいことはありません。
来年は終戦80年。とても大事な年だと位置づけています。その年に相応しいイベントをまた企画してお届けしたいと思っています。
今年も私が企画するイベントにご参加いただきました全ての皆様に、心から感謝申し上げます。
また、来年も、どうぞよろしくお願いいたします。
最後に、ご来場いただきました皆様から多くのコメントをいただきました。これを読んでいただくと、どういった話があったのか、分かると思います。長くなりますが、ご覧いただけましたら幸いです。
・上島さん、柿崎監督、葛城さんそれぞれの思いを伺うことが出来、良かったです。戦争を美化すること無く実相を後世に引き継ぐためにも、小・中学校の歴史教科書を書き直す必要があろうと思います。その前にマスコミや教師を何とかせねばということなのでしょう。(埼玉県在住・50代男性)
・今回はこの様な大変貴重なお話をお聞かせて頂き誠にありがとうございました。戦争や特攻作戦が記憶から歴史へと変わり始めているこの時代に私達若者が正しい歴史を学び、当時の特攻隊の方々やそのご家族やご友人の方々の想いを知ることが何より価値が高いものだと感じました。特攻をした方々は特攻で亡くなり無に帰すわけではなく、その想いを次世代の人が忘れることがなければ永遠に不滅であるという点に非常に感動し、そして私達日本人がその方々の想いによって今生活できていることに感謝の想いで溢れました。また、命を懸けて日本を守ってくださった先人たちがいながら今の若者の多くは夢や希望もなくただなんとなく生きている人が多いと感じます。その為、今回のお話を聞くことができた若者の代表として私が特攻隊の方々の想いや正しい歴史を更に多くの若者に伝えていきます。本日はありがとうございました。(東京都在住・20代男性)
・今までと違う話が聞けて新鮮でした。ほんとなら、戦争を考えたりしないで、普通に暮らせただろう英霊たちの、心の声を知る事ができたなら…と考えたりします。上島さんの、話し方が優しく、とてもわかりやすくて、聞いていて心に刺さりました。最後に、葛城さんが壇上に立ち、何も見ずに遺書を話してくれたのも、感動し印象に残りました。今回は、今まで以上に、素晴らしいイベントでした。ありがとうございました。(東京都在住・50代女性)
・この度は貴重な機会に参加させて頂き、誠にありがとうございました。言葉にならない想いで胸がいっぱいですが、感じた事を伝えさせて頂ければと思っております。私自身、これまで日本人として何となくの誇りを感じて生活してきました。それは、日本という国が居心地が良く、想いやりに溢れた国だという自信があったためです。今回の特攻作戦のお話を聞いて、日本人たる矜恃を忘れたくないし、父祖たちの紡いできた想い、魂を私たちが後世へ伝えていく必要があるなと感じさせて頂きました。特攻という、必死の戦場へ向かっていく若者たちの葛藤、分かっていても未来の和平のために自分の責務を全うしようという透明な決意などを知り、現在生きれていることへの有り難さを実感しました。そして、この想いを忘れないことで、今後彼らより何倍もの人生を生きるであろう私達が使命感を持って伝えていきます。今回の講演を聞くことができて、大変感動致しました。ありがとうございました。(東京都在住・20代女性)
・子に危害が加えられようとした時に、何もしない親はいない。武器がなければ、自身の身体で戦う。これと特攻は究極的に同じである。上島氏のコメントだったかと思うが、非常に腑に落ちたし、特攻隊の方々の気持ちが少しだけ、理解出来たような気がする。すごい良い説明を頂いたと思っています。新婚にも関わらず特攻に向かわれた方々。妻や後世の日本人を守るためとはいえ、妻と別れなければならないのはどれだけ辛いことだろうと、結婚したからこそ、より感じるものがありました。だからこそ、私たちを守ろうとした英霊を絶対に忘れてはいけないと、より強く思えました。また、上島氏の最後のメッセージにも勇気をもらえました。先ずは自分の人生を充実させる、そこで一生懸命することがいつか、国にも繋がってくると思うといったメッセージだったかと思います。地に足をつけ、仕事場で自分の力をしっかり付けること。並行して、玉川未来塾などで国への意識を持ち続ける。その方針でこれからも頑張りたいと思います。貴重な機会、ありがとうございました。(いつかは、妻にも触れてもらうようにしたいなと思います。)(東京都在住・20代男性)
・とても良い機会ありがとうございました。出来れば、で良いのですが、昇殿参拝をトークライブに出来れば良いなと思いました。特攻隊への学びを深めた後に、その気持ちでもう一度参拝したいと思った次第です。(東京都在住・20代男性)
・きっと敵も味方もなかったと思います。特攻隊員の人たちがどのような気持ちで過ごしたかを知り胸が圧し潰されるようでした若いのにみんな凄くて偉くて立派です たくさんの人たちが生きたかった生きていたかった今日、私も大切に生きたいと思います。一人ひとりが平和について考えることが必要だと思います。今日も素晴らしいト一クをありがとうございます。圧倒されるほど感動しました 貴重な1日を ありがとうございました また宜しくお願い致します。(千葉県在住・50代女性)
・日本人として、先人達の想いを感じ、改めて自らを見つめ直す良い機会を得る事が出来ました。日本人として一人一人が、先の大戦の意義を知り、先人達の想いを繋ぐイベントをこれからもよろしくお願いします。(東京都在住・50代男性)
・本日はお疲れ様でした。ありがとうございました。初めて本殿で参拝させてもらい、涼しい風と美しい緑に触れながら、感動的な瞬間を味合うことができ、感謝しています。また、閉会の辞を述べようとした玉川さんが感極まり、沈黙が数秒続いた後、いつもと違う音声で喋り始めた時は、ホロリとしてしまいました。ただ、トークは、柿崎さんは評価できたものの、他のお二人には、何か違和感を感じました。私と同じ種族ではない?みたいな。ま、トークスタイルでの難しさなのかもしれませんね。また、来年の終戦80周年のイベントには、機会が許せば参加したいと思います。(東京都在住・50代女性)
・本日は参加出来たことで、命の使い方、死生観の本質が聞けました。私も微力ながら、国や相手、誰かのために命を費やし、そのことで自分の心が成長し、成長したことでまた、相手や国のために頑張る。共存共栄、国民と皇室の國體の精神性を特攻精神、楠木正成の忠、武士道など振り返ることが出来ました。またどうぞ宜しくお願い致します。(東京都在住・40代男性)
・私たちは特攻隊のご遺族である。なぜなら、私たちのために犠牲になられたから。20代から上の世代まで一緒に考えました。柿崎監督の事務所の俳優の方々がたくさん来られていましたが、スゴく幸せだと思います。柿崎監督がレールを引き、共に精神性も創り上げていく。素晴らしい監督です。これからは考えるだけではなく、現場に行く、本物に触れる、当事者と交流することで心に落とし込む事が必要だと感じています。素晴らしい収穫の日でした。最後に葛城さんから、靖國の招魂斎庭を教えて頂き、初めてお参りをいたしました!ありがとうございました。(東京都在住・40代男性)
・今回も心に沁みる素晴らしいトークライブでした。企画をありがとうございました。今日一緒に参加していた◯◯さんとも仲間で、赤羽潤さんにも気をかけて頂いてます。戦没者慰霊顕彰や有志との清掃奉仕、遺骨収容にも参加しており、今日のトークも日頃の活動での気持ちと繋がることもあり感慨深くなり胸が熱くなりました。周りの人も誘ってまた参加したいと思います。引き続き宜しくお願い致します。(千葉県在住・40代男性)
・昨年に引き続き、本日のイベントへ参加させて頂きました。上島さんの言葉や感性が今までの私の中にはないもので、とても新鮮でした。皆さんのお話を聞いている時に何度も感動して涙が出て、感想を上手く言い表すことは出来ませんが、まずは自分の人生を力いっぱい生きていこう、と勇気を頂きました。玉川さんのFacebookで、何ヶ月も前から本講演会の準備をして下さっていたことを拝見し、このような貴重なイベントを企画頂いたこと、そして参加させて頂けたことに本当に感謝しております。(20代女性)
・参加させて頂いて、本当に良かったです。素晴らしいトークライブでした。今年、僕が参加したどの研修、講演会よりも濃く有意義で感動的な内容でありました。靖國神社へ伺うのは今年5回目でした。企画のお題が特攻作戦であり、また一般の若者が主対象と聞いておりましたので、あまり深く掘り下げない“反リベラル戦後民主主義”を叫ぶような内容かな?!・・と真に失礼ながらタカを括っておりました。ところが、全く左にあらず!!特攻作戦を立案、命令する将官・指揮官と、実際に出撃して征く兵士・搭乗員との複雑な葛藤と心境に丁寧にスポットを当ててお話くださいました。僕自身、割り切れないモヤモヤを抱えておりまして、今もそれはそうなのですが、そのモヤモヤにしっかり輪郭をつけてくれたような気がします。全体のシナリオは玉川さんがお作りになったものと拝察いたしますが、本当に良く出来ていました。最後の葛城さんの大西瀧治郎中将の遺書の朗読(暗誦)は涙腺が壊れました。「特攻精神を堅持し・・」とは「公に殉ずる覚悟を持て(保て)」という事なのですね。
余談であります。アメリカのSF『ディープインパクト』のラストに近くで、彗星に宇宙船ごとぶつけて自分達は死んでも地球を救おうと、船長のロバート・デュバルがポケットから日本の特攻隊員の遺書の写しを取り出して読み上げるシーンがありました。『アルマゲドン』にも『インデペンデンス・ディ』にも自己犠牲のシーンがあります。アメリカ人の方が自然に受け止めているのかも知れません。これからの企画、大いに期待しております。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。(東京都在住・40代男性)
・特攻のお話を伺い、大西瀧治郎中将のご遺書の言葉を伺い、とても胸が熱くなり込み上げるものがありました。直接に戦争経験をなされた語り部の方々がいらっしゃらなくなるこれからの時代に、記憶から消えてしまわぬように我々が伝えていかなければと身が引き締まりました。来年の3月あたり、サイパンにも行ってみようと思います。この度は貴重な機会を誠にありがとうございます。(30代男性)
・今回のイベントは、内容が濃くて、初めて聞く話もあり、素晴らしい時間を過ごしました。一つ一つの言葉が、心に刺さりました。何度かイベントに参加してますが、毎回思うのは、「忘れてはいけない」。そして「知りうる事を伝えていく」。若き英霊たちがいたから、今のこの日本がある事を忘れてはいけない…。そして伝えていかなくてはいけない…。参加して良かった。また必ず参加したいと思います。(東京都在住・50代女性)
・今回は特によかったと思います!玉川さんが悩みに悩み練りに練ったであろう台本、上島さんの「忘れることは二度殺すことだ」、柿崎監督の不屈の行動、本当に胸に突き刺さりました。歴史を検証するのは歴史家の仕事ですが、後世のこれからを生きる人へ伝え繋ぐのは間違いなく僕らの務めです。敬意を込めて、一助になれればと、強く思う次第です。(東京都在住・50代男性)
・先人の方が未だ見ぬ後世の僕らへ言い残した、どうしてもの思いの中の一つ「世界和平」とは、現代の感覚ならば「戦争のない世界」なのでしょうが、最近になって知るにつれ、「隷属しない自由と誇りある世界」こそが、大東亜戦争の悔いのない成果だったのではないかと考えています。「神風特攻」とは、日本の敗戦とともに吹いたアジアの風だったのでないでしょうか。(大田区在住・50代男性)
・今日のトークライブを通して、野中中佐などの知らない人物を知ることができ、とても勉強になりました。また、今まで普通に見ていた「鬼滅の刃」についての意識も変わりました。「人の想いは不滅」ということをむねに、また違う感情で見てみたいと思いました。そして、私は現地に行ったことがないので、これから足を運びたいと思いました。これから何か悩んだりすることがあったら、心に特攻隊員の方々や、他の英霊の方々を思い浮かべていきたいと思います。そして、上島さん、柿崎さん方がおっしゃってくださった、「彼らがいたことを忘れない」「想いはつながっている」「無限の希望をもって羽ばたく」「自分の人生をいかに大切に生きるか」ということを心に刻んで生きていきたいと思いました。(静岡県在住・10代女性)
・英霊のみなさんが、命をかけて守ろうとしてくれたことを忘れずに、自分ができることを精一杯やっていきたいと思いました。私の祖父も英霊です。特攻隊員ではありませんが、招集軍人でした。最近の多くの人たちは、大東亜戦争のことを誤解していたり、よく知らないと思います。今、こうして私たちが平和な毎日を過ごすことができることは、英霊のみなさんのおかげです。このことを多くの人たちに伝えていき、日本人に誇りを取り戻すようになれる日が一日でも早く来て欲しいと思います。本日はありがとうございました。(静岡県在住・40代男性)
・本殿での参拝が出来て、本当に感動しました。今年のお盆に帰省した時に、たまたま親戚に特攻隊員が居たことを知って、タイミングよく今回のイベントに参加出来ました。何度も戦死された身内の名前を唱えながら参拝出来ました。トークの内容も、大変感動致しました。今まで気づかなかった事、戦争への思い等、深く考えた事もなかったのですが、良い機会となりました。ありがとうございました。又、参加したいと思います。今日はまず一歩です。(東京都在住・60代女性)
・おもてのメディアでは聞けない特攻隊員の想いや、貴重な話を聞くことができ、誠に学びになりました。(東京都在住・20代女性)
・本日は貴重なお話を聞くことができ、とても光栄に思います。私は、当時の状況を学校の歴史の授業で学んできましたが、知らないことばかりで、もっと当時のことを勉強し、今の自分に還元していきたいという思いが強くなりました。ありがとうございます。(東京都在住・20代女性)
・本日は、特攻作戦、特攻隊の思いについて大事なお話を聞かせていただきました。今日の日本と平和があるのは戦ってくださった方、特攻隊員の命と引き換えに日本のために戦ってくださったその思いを忘れずに生かし続けることの大事さに改めて気付きました。ありがとうございました。(神奈川県在住・10代女性)
・特攻隊の方々が、どのような葛藤を抱き、もがきながらも固い決意をもって飛び立ったのか、改めて身に染みて感じました。つないでくれたこの命を、英霊の皆様に恥じぬよう生きていかなければいけない、日本人としてあるべき姿だと思いました。特攻隊の方々の苦しい葛藤と、その中で国を、家族を護るために大きく決意したこの強い思いを私は絶対忘れず胸に刻み生きていきます。私達20代はギリギリ戦争体験者の話を聞くことができた「記憶」している最後の世代だと思っています。そのため、国の進む道がどうなるのかも私達にかかっていると思います。先人たちの思いを忘れず、受け継いで生きていけば、未来の日本も美しく輝いているんじゃないかと思います。そのためにも、目の前の今私にできることを一つ一つ積み上げていきたいと思います。(神奈川県在住・20代女性)
・80年前の特攻隊員の方々も自分たちと何ら変わらない人間だったと、葛藤があったんだと思うと、特攻作戦を美化するのはどうかと思うが、特攻隊員の方々は語り続かなければならないと思った。軍人として死ぬ覚悟を持って戦うのは当たり前だが、若い軍人が死を目的に特攻作戦を遂行するのは全く違うものだと意見した特攻隊員のお話はすごく印象に残った。石原元都知事の襲撃されたお話を聞いて、だから毎年、知事としてもそうだが、日本人として、私人として参拝されたのだなと納得がいった。最後の特攻隊員の中津留さんの話を聞いて、冷静な判断を死の間際までできたのはすごいし、日本の名を死をもって守り抜いたと聞いて鳥肌が立った。(神奈川県在住・20代男性)
・大変熱いものを感じました。歴史で知らないことが沢山ありました。BC級戦犯の存在が忘れられています。是非、勉強会を開いてほしい。日本に資料館も少なく、日本人として、民族として忘れてはならないと思います。(東京都在住・70代男性)
・本日は貴重なお話をしていただきありがとうございました。靖國神社で昇殿参拝をさせていただき、身が引き締まる思いで傾聴させていただきました。上島さんから先の大東亜戦争の時代背景や当時の考え方、特攻隊員やご遺族の方々の思いを聞かせていただき、日本を知ることの大切さを感じました。思いは滅びない、思いはつながっていることを忘れずに自分の人生を歩んでいきたいと思います。柿崎監督からは、舞台「帰って来た蛍」や作品を作る思いを聞かせていただいて舞台に立たせていただけたことに改めて深く感動しています。本日は、本当にありがとうございました。(東京都在住・10代女性)
・特攻について、このように知る機会をありがとうございました。実際にその時代に生きた人々について想いを知ることができ、整備士とパイロットは相棒だったというお話がとても印象的でした。学校の歴史では、死者数や戦跡、終戦の日付を学ぶといった結果、全体を大きく知識として得る教えが多いような気がしています。なので、個人として一人一人の想い、どんな人々が生きていたのか、特攻兵とひとくくりに名前を呼んでも何人何百人の人物がいて、いくつもの隊があって、一人でも多くの人のことを知りたいと思いました。昔に起きたことではなく、もっと身近にあるものと捉え、日本人全員の先祖であるというお話にあったように、日本という国を守ってくれた隊員の方々の心を受け継いでいけるように一生懸命に生きていきたいと思いました。貴重なお話を聞けた機会をありがとうございました。(神奈川県在住・20代女性)
・特攻作戦とは、戦争を知らない自分達からすると、実際に何があったかわからない。自分からすると、このようなイベントがあると真実が分かるので、すごくいいイベントだと思いました。(神奈川県在住・20代男性)
・大変勉強になりました。知らなかったことを聞けた。同志の仲間と思いを共有できた。日本人の考えを、上島先生、柿崎先生、葛城先生と思いを共有できた。昇殿を同志方々と一緒に参拝できてよかった。貴重なお話をありがとうございます。(東京都在住・70代男性)
・素晴らしいフォーラムでした。若い役者さんが良いお話を聞いて、受け止めてくれたと思います。上島さんの最後の中津留達雄さんの話も良かったと思います。また、上島先生のお話を聞いてみたいです。(秋田県在住・男性)
・自分自身、学生時代、剣道をやってきたからか特攻に限らず自らの死をもって誰かを守るという場面はイメージできます。何となく、特攻に行く若者とすれば自分が死ぬことで何十人、何百人を守れる、あるいは倒せると信じることができれば大役を勤めるという納得した思いで旅立ったと思います。これまで、あまり命じる上官の思いを考えた事はなかったのですが、上官としても他に効果的な作戦がない中で、十分な効果が期待できるのであれば辛いながらも納得して命じることができたのではないかと思いました。今の政治家にこうした思いで政治を行ってほしいとも思いました。そして、寺子屋「玉川未来塾」に楠木正成など戦後に失われた歴史を取り上げ、教えてほしいです。
・柿崎氏のトークは、映画、演劇世界のプロとして客観的な観点からの内容であったが、上島氏のトークはあまりに感情的であり、しかも歴史観(戦後の歴史)については、いささか疑問を感じる点も少なからずあった。昨年の特攻隊についての靖國神社関係者からの説明をメインにしたイベントの方が評価できる。(東京都在住・60代女性)
・戦局困難な中での特攻を命じる側、命じられる側の苦悩を切実に感じることができました。国を守るために命を賭して戦った軍人がいて、今日の日本があることを改めて感じました。特攻の想いを風化させない事が、今の日本にとって極めて大切であり、舞台を通じて伝承していただきたいと心より願っています。大変感動するお話を聞くことができ、来てよかったと思います。(埼玉県在住・60代男性)
・感動いたしました。特攻隊の方々に感謝し、毎日を大切に生きようと思う。(東京都在住・70代女性)
・戦争のことを少し勉強していても、全然知らないことを知りました。それと、色んな視点から考えさせられるところが凄く良かったと感じました。そして、今の生活が出来るのも先人達のおかげなので、その人達の想いを受け継ぐことをしなければなと感じました。(東京都在住・30代男性)
「靖國神社昇殿参拝、遊就館見学」イベント来場者からの感想
2024.09.09
去る、8月24日(土)靖國神社にて、「靖國神社昇殿参拝、遊就館見学」イベントを開催しました。
当日は約50人の方々にお越しいただき、本殿での昇殿参拝後、靖國神社禰宜の松本聖吾総務部長より「靖國神社と特攻隊」をテーマにお話をいただきました。
特攻隊員だった元軍人さんの話、みたままつりの話や民俗学者の柳田國男氏の『先祖の話』についての話、大西瀧治郎海軍中将の話、そして特攻隊員に取材した山岡荘八氏の話など、普段では聞けないためになるお話をお聞きしました。また、「特攻は犬死ではない」との話にも触れ、「ありがとうございます」と感謝の気持ちを捧げて貰いたいとのお話も。英霊のご遺書、花嫁人形残、奥様から英霊へのお手紙。目頭が熱くなりました。松本部長、ありがとうございました。
その内容について、来場者から貴重な感想をいただきましたので、以下、抜粋し、掲載いたしました。ご覧いただけましたら幸いです。
【第9回「靖國神社昇殿参拝、遊就館見学」イベント アンケート(抜粋)】
●靖国神社禰宜の方から、靖国神社の仕組みや、東京大空襲の時の話等、普段聞かない話もあり、とても充実した時間でした。(東京都在住50代女性)
●松本講師の特攻隊員を、どう思うかについて、可哀想ではなくありがとうの感謝が必要である。(千葉県在住60代男性)
●松本部長のお話をお聞きし、靖國神社の歴史を知りました。くにまもりの根本には靖國があると感じ、特攻隊の方々に世界の手本となる日本を見せていきたいと心から思いました。世論を変えるには、賛同者を増やすしかないと思います。我々がおこなっているくにまもりは若者を教育で変えていくという事です。多くの若者の就活観が変わるだけではなく、公精神ある若者を増やしていきたいです。(埼玉県在住20代男性)
●イベントの開催、運営ありがとうございました。今回初めて参加させていただきましたが、本当に参加させていただけ良かったです。松本部長の講演会では、先人の方々が未来の日本の事を思って命を懸けて戦ってくれていたことに対し、その今を生かしていただいたいる私たちは、その感謝を忘れてはいけないと改めて感じました。また当時の軍人の方や、家族のお手紙は、涙が止まりませんでした。「死がにぶる。心が残る」平和な今を生きている私たちには到底共感をすることができない境地だと思います。どんな覚悟を持って、死にに行ってくださったのか。想像をすることしかできませんが、そういった身を持って戦ってくださった魂は確実に日本人の誇りになって下さっていると感じます。また、靖國神社を昔から見ている松本部長だからこそ知る、靖國神社の参拝者の移り変わりや、当時の方々の想いや、正しい情報を伝えたいという想いも感じさせていただきました。「教育が大事だ」と松本部長も仰っていた通り、正しい日本の歴史と、誇りをしっかりとこれからの世代に伝えていくことは、事実を知っている者の義務だと感じます。現在、代表の室舘の元でくにまもりを掲げている社員として、より一層身が引き締まりました。改めまして貴重な機会をいただきありがとうございます。(東京都在住20代女性)
●イベントの開催ありがとうございました。この夏に靖国神社、特攻隊についてのお話を聞けたことは、とても良かったと思っています。勅祭社として天皇陛下がお心を寄せているということや、遊就館を立て直した際に天皇陛下や100万人の参館があったことを写真と共にお聞かせいただけたことで、当時の方々の靖国神社への想いに触れられたように感じました。みたままつりが長野県の方々の盆踊りかをきっかけに始まったことからも、神社発案では無く国民が望んだことを継続していることに、靖国神社と国民のつながりを感じさせていただきました。特攻隊は神の領域という理由が「人のために命をささげる」というお話を聞き、なんとなく聞いていた言葉に重みが増しました。人のために頑張ることは今でも話がありますが、命を懸けることはありませんので、時代は違えど同じ人間として考えると、本当に神の領域だと思いました。歴史には人の想いがたくさん詰まっていると感じました。弊社では日本の歴史、靖国神社、特攻の話もよく出てきますが、続々と入社してくる若手社員たちは、断片的に知っていても、知らないことが多いと感じましたので、私の想いも含め、後世に繋がるように伝えていきたいと思いました。今後ともよろしくお願いいたします。(埼玉県在住40代男性)
●新聞のチラシを見て、今回初めて参加させていただきました。初めての昇殿参拝は、感動致しました。禰宜の松本さんのお話もとても良かったです。また機会がありましたら、是非お話を伺いたいです。ありがとうございました。(東京都在住60代女性)
●この度も貴重なご機会を誠にありがとうございました。松本部長のお話をお聞きするのは3度目でしたが、特に特攻隊のお話は心に深く響きました。先日、昭和天皇の開戦の詔に万邦共栄の楽しみを共にするという言葉がある事を学びました。特攻隊の方々はその世界観の中で、未来の日本のあるべき姿を描き、日本人の姿勢を命をかけて示して下さったのだと思いました。遊就館にて、ご遺書を拝見し、真っ直ぐに、魂のこもった一字一字から、こんなにも丁寧に心を込めて生きていらしたことを感じました。今を生きる私たちは、先人への感謝を中心軸に、日本人としての生きること。靖國神社は守り続けなければいけないと思いました。感じた事を行動にうつしてまいります。この度は誠にありがとうございました。(東京都在住20代男性)
●運営に入ってくださったスタッフさん、とても暑い中での誘導や運営をありがとうございました。松本部長のお話を聞くのは数年ぶりでしたが、映像や写真資料などとともに解説、ストーリーをお話しいただける機会はとても貴重で考えさせられる時間となりました。今回ご紹介いただいたのは数名のご英霊でしたが、ご英霊の数だけストーリーがあるのだと想像すると、さらに感謝の思いが沸き起こってきました。自分よりも若い世代、また同世代の方々が「自分」を超えて、大事な家族や友人、日本の誇りのために闘ってくださったことを心に留めて、何事にも感謝をして日々を大事に生きたいと思います。講演後に、遊就館を見学させていただけたことも有難い機会でした。前回足を運んだときよりも、歴史への理解度が成長できていたことを実感できました。とはいえ、まだまだ知らないこと・知りたいことも多いので、今回のようなきっかけを機に学びを深めていきたいです。(東京都在住30代女性)
●松本館総務部長のお話は2回目でした。大変わかりやすく親近感のある話し方でした。大東亜戦争の話だけでなく、建立からの歴史は意外に知らず、勉強になりました。陛下のご参拝に関しての「さほど不安感を抱いてない」のご視点も、腑に落ちました。ありがとうございました。(東京都在住50代男性)
●年に1~2回は参加したい。(神奈川県在住70代男性)
●英霊のみたまの想いを心に毎日を生きています。日本を正しい国へ、若い人に希望の持てる国に頑張っていきましょう。(埼玉県在住60代男性)
●非常に良いお話が聞けました。(埼玉県在住60代男性)
●特攻作戦80年にふさわしいと感じた。靖國神社の存在理由をこれからも伝えてください。(50代男性)
●靖国参拝が日本人にとって通常の事であったことを知りました。ありがとうございます。花嫁人形の件、良く分かりました。(50代男性)
●今回で3回目の参加です。いつも深い感銘を受けています。もっと多くの人が参加されると良いと思います。(東京都在住80代男性)
●尊い命を捧げてくださったおかげで今日の私達があることを忘れてはいけないと強く強く思いました。おじが二人靖國神社に祀られています。ありがとうございます。(埼玉県在住70代女性)
●大変良かった。大東亜戦争の勉強が深まった。また参加したい。ありがとうございます。(東京都在住70代男性)
国のために尊い命をささげた先人を弔い、心から平和を祈る戦没者慰霊の中心施設である靖國神社に昇殿参拝し、英霊に感謝の誠を捧げ、そして、正しい歴史の真実を後世まで伝え続けなければならいと心から思います。
そうした思いから、9月23日(月・振替休日)には「特攻作戦から80年「次代へ繋ぐ 特攻隊員の想い」をテーマに、トークライブを開催します。
知覧陸軍特攻基地から出撃した特攻隊員と〝特攻の母〟として特攻隊員の出撃を見守った鹿児島・知覧の「富屋食堂」のおかみ・鳥濱トメさんとの秘話である、舞台「帰って来た蛍」で脚本・演出・製作総指揮を務め、そして、カートコーポレイトグループ代表取締役会長、NPO法人知覧特攻の母鳥濱トメ顕彰会理事長の柿崎ゆうじ監督と、故石原慎太郎氏をはじめ、数々の有識者への取材を重ねた、ジャーナリストで元雑誌「正論」編集長の上島嘉郎氏にご登壇いただき、ジャーナリストの葛城奈海氏司会進行のもと、特攻作戦の意義や、特攻作戦がもたらしたもの、そして、現在を生きる我々がこの特攻作戦から学ぶこと、また特攻に殉じた英霊の想いを次代を担う若者たちへ伝えるメッセージなど、お話をいただきたいと思います。
お申し込みは下記URLの専用申込フォームからお申し込みください
⇒ http://d.quel.jp/10917993
※ 申込み後にお送りいたします「入場予約券」に、入場料の振込方法等を記載しておりますので、ご確認の上、事前にお振込みください。
寺子屋「玉川未来塾」では、今後もそのようなイベントを開催していきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
当日は約50人の方々にお越しいただき、本殿での昇殿参拝後、靖國神社禰宜の松本聖吾総務部長より「靖國神社と特攻隊」をテーマにお話をいただきました。
特攻隊員だった元軍人さんの話、みたままつりの話や民俗学者の柳田國男氏の『先祖の話』についての話、大西瀧治郎海軍中将の話、そして特攻隊員に取材した山岡荘八氏の話など、普段では聞けないためになるお話をお聞きしました。また、「特攻は犬死ではない」との話にも触れ、「ありがとうございます」と感謝の気持ちを捧げて貰いたいとのお話も。英霊のご遺書、花嫁人形残、奥様から英霊へのお手紙。目頭が熱くなりました。松本部長、ありがとうございました。
その内容について、来場者から貴重な感想をいただきましたので、以下、抜粋し、掲載いたしました。ご覧いただけましたら幸いです。
【第9回「靖國神社昇殿参拝、遊就館見学」イベント アンケート(抜粋)】
●靖国神社禰宜の方から、靖国神社の仕組みや、東京大空襲の時の話等、普段聞かない話もあり、とても充実した時間でした。(東京都在住50代女性)
●松本講師の特攻隊員を、どう思うかについて、可哀想ではなくありがとうの感謝が必要である。(千葉県在住60代男性)
●松本部長のお話をお聞きし、靖國神社の歴史を知りました。くにまもりの根本には靖國があると感じ、特攻隊の方々に世界の手本となる日本を見せていきたいと心から思いました。世論を変えるには、賛同者を増やすしかないと思います。我々がおこなっているくにまもりは若者を教育で変えていくという事です。多くの若者の就活観が変わるだけではなく、公精神ある若者を増やしていきたいです。(埼玉県在住20代男性)
●イベントの開催、運営ありがとうございました。今回初めて参加させていただきましたが、本当に参加させていただけ良かったです。松本部長の講演会では、先人の方々が未来の日本の事を思って命を懸けて戦ってくれていたことに対し、その今を生かしていただいたいる私たちは、その感謝を忘れてはいけないと改めて感じました。また当時の軍人の方や、家族のお手紙は、涙が止まりませんでした。「死がにぶる。心が残る」平和な今を生きている私たちには到底共感をすることができない境地だと思います。どんな覚悟を持って、死にに行ってくださったのか。想像をすることしかできませんが、そういった身を持って戦ってくださった魂は確実に日本人の誇りになって下さっていると感じます。また、靖國神社を昔から見ている松本部長だからこそ知る、靖國神社の参拝者の移り変わりや、当時の方々の想いや、正しい情報を伝えたいという想いも感じさせていただきました。「教育が大事だ」と松本部長も仰っていた通り、正しい日本の歴史と、誇りをしっかりとこれからの世代に伝えていくことは、事実を知っている者の義務だと感じます。現在、代表の室舘の元でくにまもりを掲げている社員として、より一層身が引き締まりました。改めまして貴重な機会をいただきありがとうございます。(東京都在住20代女性)
●イベントの開催ありがとうございました。この夏に靖国神社、特攻隊についてのお話を聞けたことは、とても良かったと思っています。勅祭社として天皇陛下がお心を寄せているということや、遊就館を立て直した際に天皇陛下や100万人の参館があったことを写真と共にお聞かせいただけたことで、当時の方々の靖国神社への想いに触れられたように感じました。みたままつりが長野県の方々の盆踊りかをきっかけに始まったことからも、神社発案では無く国民が望んだことを継続していることに、靖国神社と国民のつながりを感じさせていただきました。特攻隊は神の領域という理由が「人のために命をささげる」というお話を聞き、なんとなく聞いていた言葉に重みが増しました。人のために頑張ることは今でも話がありますが、命を懸けることはありませんので、時代は違えど同じ人間として考えると、本当に神の領域だと思いました。歴史には人の想いがたくさん詰まっていると感じました。弊社では日本の歴史、靖国神社、特攻の話もよく出てきますが、続々と入社してくる若手社員たちは、断片的に知っていても、知らないことが多いと感じましたので、私の想いも含め、後世に繋がるように伝えていきたいと思いました。今後ともよろしくお願いいたします。(埼玉県在住40代男性)
●新聞のチラシを見て、今回初めて参加させていただきました。初めての昇殿参拝は、感動致しました。禰宜の松本さんのお話もとても良かったです。また機会がありましたら、是非お話を伺いたいです。ありがとうございました。(東京都在住60代女性)
●この度も貴重なご機会を誠にありがとうございました。松本部長のお話をお聞きするのは3度目でしたが、特に特攻隊のお話は心に深く響きました。先日、昭和天皇の開戦の詔に万邦共栄の楽しみを共にするという言葉がある事を学びました。特攻隊の方々はその世界観の中で、未来の日本のあるべき姿を描き、日本人の姿勢を命をかけて示して下さったのだと思いました。遊就館にて、ご遺書を拝見し、真っ直ぐに、魂のこもった一字一字から、こんなにも丁寧に心を込めて生きていらしたことを感じました。今を生きる私たちは、先人への感謝を中心軸に、日本人としての生きること。靖國神社は守り続けなければいけないと思いました。感じた事を行動にうつしてまいります。この度は誠にありがとうございました。(東京都在住20代男性)
●運営に入ってくださったスタッフさん、とても暑い中での誘導や運営をありがとうございました。松本部長のお話を聞くのは数年ぶりでしたが、映像や写真資料などとともに解説、ストーリーをお話しいただける機会はとても貴重で考えさせられる時間となりました。今回ご紹介いただいたのは数名のご英霊でしたが、ご英霊の数だけストーリーがあるのだと想像すると、さらに感謝の思いが沸き起こってきました。自分よりも若い世代、また同世代の方々が「自分」を超えて、大事な家族や友人、日本の誇りのために闘ってくださったことを心に留めて、何事にも感謝をして日々を大事に生きたいと思います。講演後に、遊就館を見学させていただけたことも有難い機会でした。前回足を運んだときよりも、歴史への理解度が成長できていたことを実感できました。とはいえ、まだまだ知らないこと・知りたいことも多いので、今回のようなきっかけを機に学びを深めていきたいです。(東京都在住30代女性)
●松本館総務部長のお話は2回目でした。大変わかりやすく親近感のある話し方でした。大東亜戦争の話だけでなく、建立からの歴史は意外に知らず、勉強になりました。陛下のご参拝に関しての「さほど不安感を抱いてない」のご視点も、腑に落ちました。ありがとうございました。(東京都在住50代男性)
●年に1~2回は参加したい。(神奈川県在住70代男性)
●英霊のみたまの想いを心に毎日を生きています。日本を正しい国へ、若い人に希望の持てる国に頑張っていきましょう。(埼玉県在住60代男性)
●非常に良いお話が聞けました。(埼玉県在住60代男性)
●特攻作戦80年にふさわしいと感じた。靖國神社の存在理由をこれからも伝えてください。(50代男性)
●靖国参拝が日本人にとって通常の事であったことを知りました。ありがとうございます。花嫁人形の件、良く分かりました。(50代男性)
●今回で3回目の参加です。いつも深い感銘を受けています。もっと多くの人が参加されると良いと思います。(東京都在住80代男性)
●尊い命を捧げてくださったおかげで今日の私達があることを忘れてはいけないと強く強く思いました。おじが二人靖國神社に祀られています。ありがとうございます。(埼玉県在住70代女性)
●大変良かった。大東亜戦争の勉強が深まった。また参加したい。ありがとうございます。(東京都在住70代男性)
国のために尊い命をささげた先人を弔い、心から平和を祈る戦没者慰霊の中心施設である靖國神社に昇殿参拝し、英霊に感謝の誠を捧げ、そして、正しい歴史の真実を後世まで伝え続けなければならいと心から思います。
そうした思いから、9月23日(月・振替休日)には「特攻作戦から80年「次代へ繋ぐ 特攻隊員の想い」をテーマに、トークライブを開催します。
知覧陸軍特攻基地から出撃した特攻隊員と〝特攻の母〟として特攻隊員の出撃を見守った鹿児島・知覧の「富屋食堂」のおかみ・鳥濱トメさんとの秘話である、舞台「帰って来た蛍」で脚本・演出・製作総指揮を務め、そして、カートコーポレイトグループ代表取締役会長、NPO法人知覧特攻の母鳥濱トメ顕彰会理事長の柿崎ゆうじ監督と、故石原慎太郎氏をはじめ、数々の有識者への取材を重ねた、ジャーナリストで元雑誌「正論」編集長の上島嘉郎氏にご登壇いただき、ジャーナリストの葛城奈海氏司会進行のもと、特攻作戦の意義や、特攻作戦がもたらしたもの、そして、現在を生きる我々がこの特攻作戦から学ぶこと、また特攻に殉じた英霊の想いを次代を担う若者たちへ伝えるメッセージなど、お話をいただきたいと思います。
お申し込みは下記URLの専用申込フォームからお申し込みください
⇒ http://d.quel.jp/10917993
※ 申込み後にお送りいたします「入場予約券」に、入場料の振込方法等を記載しておりますので、ご確認の上、事前にお振込みください。
寺子屋「玉川未来塾」では、今後もそのようなイベントを開催していきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。