御礼!映画「さつまおごじょ」上映&トークライブ
2021.11.08
去る11月7日(日)、靖國神社にて「映画『さつまおごじょ』上映&トークライブ」を無事に執り行うことが出来ました。

緊急事態宣言も解除されたというものの、通常の生活が戻らない中ではありましたが、お陰様で、ご招待者、一般来場者、スタッフも含め、約100人の方々にお越しいただき、会場は満席となりました。そして、ご登壇をいただきました、映画監督の柿崎ゆうじ監督、ジャーナリストの葛城奈海さん、そして、企画から本日まで、靖国神社様には大変お世話になりました。本当に有り難い限りです。また、当日、スタッフとしてお手伝いをいただきました皆様も心から御礼申し上げます。

映画「さつまおごじょ」で鳥濱トメさんを演じた伊藤つかささんや、赤羽礼子さんを演じた竹島由夏さん、薩摩おごじょの赤羽潤さんにもお越しいただき、本当に有り難うございました。

この日も、来場者皆様と本殿にて昇殿参拝をさせていただき、今日の日本の礎を築いた英霊に感謝の誠を捧げさせていただきました。その時の爽やかな風は英霊が、まるで私たちを歓迎してくれたかのような柔らかな風でした。

靖国神社には幕末の戊辰戦争以降、国のために戦死した246万余人の御霊がまつられていますが、そのうち213万人が大東亜戦争で亡くなられました。
昭和19年10月に特攻作戦が開始され、沖縄での陸軍による航空特攻作戦は、米軍主力が沖縄南西にある慶良間(けらま)列島に上陸した昭和20年3月26日から始まりました。
特攻作戦とは、「特別攻撃作戦」の意味で、他の戦闘と根本的に違う点が「必ず死ぬこと」が定められた作戦であるということです。
重さ250kgの爆弾を装着した戦闘機で敵の艦船に体当たりして沈めるという「必死」条件の作戦でした。
特攻作戦は、鹿児島県の知覧基地を始め、宮崎県の都城など九州の各地、そして当時日本が統治していた台湾など多くの基地から出撃しています。その全特攻戦死者1,036名。その中でも、知覧基地が本土最南端だったということもあり、439名と最も多く特攻作戦で戦死しています。
その知覧で「富屋食堂」を営み、その出撃前のわずかな日々を富屋食堂で過ごした10代から20代の若い特攻隊員達をわが子のように慈しみ、私財を投げ打ってまでも親身に接したのが「鳥濱トメ」さんでした。

映画「さつまおごじょ」は、その「トメ」さんの次女、赤羽礼子さんと、お孫さんの潤さんの物語で、昇殿参拝後に上映しました。

礼子さんの自宅を訪ねてきた元特攻隊員達との再会から物語は始まります。かつて富屋食堂で過ごした安らぎの時間や、戦友同然と慕う礼子さんに懐かしさを憶えた彼らは、毎晩礼子の自宅で酒を酌み交し、歌を唄いました。それから2年後、生き残った特攻隊員達の為に自分には何ができるか悩んでいた礼子さんは東京で「薩摩おごじょ」を開店させます。

戦後、生き残った特攻隊員たちの苦悩が描かれているシーンがあります。

「戦中は軍神ともてはやされ、戦後は軍国主義の象徴だ、特攻崩れだと散々蔑まれ、国民は特攻隊であった我々のことや、散っていった友のことを覚えてくれている者はいったいどれだけいるのか。我々は何のために戦ったのか」

戦後、これが現実であったと私は考えます。私の祖父も戦中、満州に赴き、戦後、日本に帰ってきました。戦争のことを語らなかった祖父に、中学生の時、私は思い切って戦争のことを聞いた際、このシーンと同じようなことを言っていたことを思い出しました。

しかし、赤羽礼子さんは、生き残った特攻隊員達にこのように言います。

「犬死なんかじゃない。(中略)戦争には負けたけど、日本はわずかな年月で復興したんです。平和になって戦争におびえず、希望のある生活を手に入れたんです。それは、国を護ろうとして、父母兄弟を護ろうとして、故郷を護ろうとして、自らの命を捧げてくれた人がいてくれたから今があるんです。そして、生き残ってくれた皆さん、あなた方がいてくれたから、あの、何にもなかった焼け野原から今日ここまで、こんなに早く復興できたんです」。

それを聞いた彼らは、次のように言うのです。

「俺たち、生き残ってよかったんだよな」。

戦後、生き残った特攻隊員達が鳥濱トメさんを訪ね、靖國で会おうと誓った仲間に顔向けができない、生きる気力がわかないと苦しみを吐き出したとき、トメさんはその生き残った特攻隊員たちにこう言ったと言います。

「なぜ、生き残ったのか考えなさい」と。

私が産経新聞社正論調査室に販売兼事業担当部長として勤務していた頃、「大東亜戦争を語り継ぐ会」というイベントを開催していました。
ジャーナリストの井上和彦さんをファシリテーターに、元軍人の方々に登場してもらっては、「あの戦争」の真実を語っていただきました。しかし、その頃に登壇してくださった、戦艦大和副砲長の深井俊之助さんや、本土防空に奮迅された竹田五郎さん、フィリピン特攻の直掩で最後の紫電改パイロットの笠井智一さん、ペリリュー島の戦いから帰還した土田喜代一さん、水上爆撃機「瑞雲」機長の加藤昇さん、そして、支那大陸を歴戦し、大陸打通作戦にも参加した常盤盛晴さんなど、この1,2年で次々に亡くなられています。本当に悲しい。そして、心からお悔やみを申し上げますとともに、英霊たちの歴史を正しく語り継いでいくためにはどうしたらよいかを考えさせられました。元軍人の方々から生のお話を聞くのが年々、難しくなると同時に、伝聞で伝えることが多くなります。伝聞で伝わる途中にプロパガンダが挟み込まれ、そのプロパガンダが正しい事実であるかのように、独り歩きし、それがあたかも本当のことのように「史実」として語られることは避けなければならない。そう思うのです。

映画上映後、この映画「さつまおごじょ」の映画監督の柿崎ゆうじ監督とジャーナリストで先日、アパ日本再興大賞を受賞した葛城奈海さんとのトークライブ「特攻隊が遺したもの」と題したトークライブでは、「日本人の本質とは何ぞや」を学ばせていただきました。「魂が乗らないと伝わらない」「背骨をしっかりと、私を律して、公のために尽くす心を育てる」「何かに依存していたら本物は作れない」など貴重なお話を聞かせていただきました。ご来場をいただきました皆様はどう感じられたでしょうか。ぜひ、お聞かせていただきたいと思います。

今回のトークライブの模様は11/21まで、アーカイブ配信をしております。
「寺子屋玉川未来塾HP」より「イベント」から「イベント履歴」をご覧ください。「「映画『さつまおごじょ』上映&トークライブ」のお知らせ」をクリックし、「ツイキャス」をクリックするとお手続きが可能となりますので、ご興味のある方は是非とも観ていただきたいと思います。

URLからですと、以下の通りです。
https://twitcasting.tv/g:104311280613070825878/shopcart/102156?fbclid=IwAR1_r56O-3LXaAEtTo4o9PIs6rW3gPKjkqWhPBV0vbgt4meOvEDwter73jk

そして、最後にご遺書を朗読させていただきました。

「陸軍中尉 久野正信(くの・まさのぶ)命」

正憲(まさのり) 紀代子(きよこ)へ

父ハ スガタコソミエザルモ イツデモ オマエタチヲ見テイル。
ヨク オカアサンノ イイツケヲマモッテ オカアサンニ シンパイヲ カケナイヨウニシナサイ、ソシテ オオキクナッタナレバ ジブンノスキナミチニスススミ リッパナ ニッポンジンニ ナルコトデス、ヒトノオトオサンヲ ウラヤンデハイケマセンヨ。 「マサノリ」「キョコ」ノオトオサンハ カミサマニナッテ フタリヲジット見テヰマス。フタリナカヨクベンキョウヲシテ オカアサンノシゴトヲテツダイナサイ。オトオサンハ 「マサノリ」「キヨコ」ノオウマニハナレマセンケドモ フタリナカヨクシナサイヨ。 オトオサハ オホキナジュウバクニノッテ テキヲゼンブヤッツケタゲンキナヒトデス。
オトオサンニマケナイヒトニナッテ オトオサンノカタキヲウッテクダサイ。
父ヨリ
マサノリ キヨコ フタリヘ


「海軍大尉 市島保男命」

ただ命を待つだけの軽い気持ちである。
隣の室で「誰か故郷を想はざる」をオルガンで弾いてゐる者がある。平和な南国の雰囲気である。

徒然なるまゝにれんげ摘みに出かけたが、今は捧げる人もなし。

梨の花とともに包み、僅かに思ひ出をしのぶ。夕闇の中を入浴に行く。

隣の室では酒を飲んで騒いでゐるが、それもまたよし。俺は死するまで静かな気持ちでゐたい。

人間は死するまで精進しつゝ゛けるべきだ。ましてや大和魂を代表するわれわれ特攻隊員である。その名に恥ぢない行動を最後まで堅持したい。

俺は、自己の人生は、人間が歩み得る最も美しい道の一つを歩んできたと信じてゐる。

精神も肉体も父母から受けたままで美しく生き抜けたのは、神の大いなる愛と私を囲んでゐた人々の美しい愛情のおかげであつた。今かぎりなく美しい祖国に、わが清き生命を捧げ得ることに大きな誇りと喜びを感ずる。


この、二柱のご遺書。目にたまる涙を、落とさずにいることができませんでした。

こうして、色んな方々に支えられ、イベントを開催し、今日まで至っている環境に、本当に「有り難い」という言葉以外に見つかる言葉がありません。心から感謝申し上げます。そして、改めましてありがとうございます。

そして、このイベントではご来場をいただきました皆様に、新宿三丁目の「薩摩おごじょ」での無料お食事券をプレゼントさせていただきました。それを持参し、ぜひ、足を運んでいただきたいと思います。また、このミニコミを読んでいただいています皆様も、足を運んでみてはいかがでしょうか。そこには、なでしこ隊として、特攻隊員たちのお世話をした、鳥濱トメさんの次女、赤羽礼子さんが草葉の陰から優しく微笑んで、皆さんをお待ちしているかと思います。そして、お国のために戦ってくれた英霊を憂いながら、薩摩焼酎とつけあげを食べ、「今の日本の礎を築いてくれてありがとう」と感謝の気持ちを申し上げると、清々しい、良い気持ちで酔うことができるかと思います。
2021.11.08 14:52 | 固定リンク | イベント

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