中国の脅威「尖閣奪取」は本気であることを我々は心底理解しなくてはならない
2021.07.17
先般、麻生太郎副総理兼財務相が講演で、「台湾で大きな問題が起きれば『(集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法の)存立危機事態に関係する』と言ってもおかしくない。日米で台湾を防衛しなければならない」と語ったことが波紋を広げており、日本政府は表向き沈黙を装っているが、蔡英文総統の台湾は歓迎し、習近平国家主席主導で軍事的覇権拡大を進める中国は反発している。

皆さんはこの発言を如何みるか。多くの読者の方々は「当然だ!」と声高らかに答えるだろう。私も至極真っ当な発言だと解釈する。今回の麻生発言への反発が国内でほとんど見られないのも、同じ思いの国民が多いからだと思うのだ。しかし、麻生氏は言葉で平和のために戦っていると言っているが、防衛費の思い切った増額とロジスティクス能力向上を主導することを政権に求めたい。

しかし、重要なのは、今この時期に、この発言をしなくてはいけない日本の領土、安全保障上の問題なのである。

注目発言は、沖縄選出の自民党議員が5日、都内で開いたパーティーでの講演で披露されたとの報道だが、麻生氏は、台北市でのデモや騒動に中国が軍隊を派遣して「中国の内政問題だ」と主張する有事シナリオを紹介。そのうえで、「次は沖縄。そういうことを真剣に考えないといけない」と強調。「日本を防衛する力をきちっと準備しないといけない」とも訴えたとのことだ。

この発言について、私は別な会合で防衛省・自衛隊OBから同様の話を聞いている。その内容は、もう少し具体的で、生々しい内容だった。と言うのも「最悪のケースで言うなれば、『台湾有事、尖閣奪取』は2027年」ということであった。

2020年10月、共産党の第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)で採択した第14次5カ年計画(2021~25年)と35年までの長期目標に関する基本方針の全文を明らかにしたが、それによると、軍創立100年に当たる27年に「奮闘目標を実現する」と定めたとしている。それは、戦争があることを前提とした「建軍100年奮闘目標」であるということである。強軍路線は規定路線とはいえ、なぜ2027年に新たに目標を設置したのか。

目標期限を2027年とした理由だが、1つは言うまでもなく建軍の年が1927年だからだ。

これはジャーナリストの福島香織氏の情報を引用させていただくが、人民解放軍は1927年の「南昌起義」と呼ばれる武装蜂起で誕生した革命軍が基礎になっており、この頃はゲリラに過ぎなかったのが、戦闘を継続していくことで軍隊としての正統性を確立していった。共産党も元々は国民党政権下で「共匪」と呼ばれたゲリラ集団であったが、国民党政権に打ち勝ったからこそ、その執政党としての正統性を確立できたのである。共産党政権は銃口から生まれた政権であり、ゲリラ戦法で勝利を重ね続けてきたからその正統性を人民が認めてきた。つまり、どんな手を使ってでも戦争に勝利することは、共産党政権にとってその正統性を証明する最も有効な方法なのだ。

まず、この5中全会で初めて打ち出された「建軍100年奮闘目標」とは具体的にどういうことなのか。「全面的に戦争に備え練兵教科を行い、国家主権、安全、発展利益を防衛する戦略能力を高め、2027年に建軍100年奮闘目標の実現を確実にすること」と説明があるように、「戦争がある」という前提に立った強軍化戦略である。そしてこれは、「建党100年」(2021年)と「建国100年」(2049年)という2つの100年目標に加わる、3つ目の100年目標である。「建軍100年奮闘目標」を打ち出したのは、中国人民解放軍が党と国家に服従し奉仕する軍隊であることを強調し、同時に「今後の特殊で複雑な環境に対応していく」ことが狙いだということだ。

中国の基本的な戦い方は「孫子の兵法 謀攻編」の「戦わずして勝つ!」である。
『孫子曰く、凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。』
「孫子は言う。基本的に、戦争においては、敵国を保全した状態で傷つけずに攻略するのが上策であり、敵国を撃ち破って勝つのは次善の策である。」
『軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るは之に次ぐ。』
「敵の軍団を無傷のままで降伏させるのが上策であり、敵軍を撃破するのは次善の策である。敵の旅団を無傷のまま手に入れるのが上策であり、旅団を壊滅させてしまうのは次善の策である。敵の大隊を無傷で降伏させるのが上策であり、大隊を打ち負かすのは次善の策である。敵の小隊を保全して降伏させるのが上策であり、小隊を打ち負かすのは次善の策である。」
『是の故に、百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。』
「したがって、百回戦って、百回勝利を収めたとしても、それは最善の策とは言えない。実際に戦わずに、敵を屈服させるのが最善の策である。」

日本と米国の仲を悪くして、漁夫の利を得る「戦わずして勝つ!」作戦であるが、中国は更に強軍思想、強軍戦略に舵を思い切り切ってきているのである。

習近平は毛沢東を越える存在として君臨したいと考えているのは周知のとおりであるが、毛沢東が成し得なかった事実を作り上げることに躍起である。そのためには戦争も辞さず、毛沢東をも成し得なかった台湾侵攻は必然で、習近平が第二の毛沢東になるには成果が必要なのである。そして、台湾侵攻と尖閣諸島奪取は不可分であり、そのタイミングは北京オリンピック終了後であることの可能性が非常に高いと、前出の防衛省・自衛隊OBは言う。

2014年、ロシアがクリミア半島併合を成し遂げた手法などを参考にしているという。それは、サイバー攻撃で通信系を遮断し、ウクライナ危機の際に現れたロシア軍の武器と装備品を装備した徽章を付けていない覆面兵士=リトル・グリーンメンが占領し、ウクライナ進行は成し遂げた。習近平はこれを手本としているというのである。2014年という年はソチオリンピック実施の年。クリミア併合はこのオリンピック成功後に行われている。よって、北京オリンピックの成功は必至で、その後に、台湾侵攻、尖閣奪取の実施を考えているというものである。

こういった現実、起こりうる状況を鑑みると、前出の麻生太郎副総理兼財務相の発言はわざとかな?とも思うが、いずれにしても、中国の台湾侵攻、尖閣諸島奪取は本気であることを我々は強く認識すべきである。

今後、日本はどう対応すべきなのか。
前出の防衛省・自衛隊OB曰く、「国会議員や国民の危機意識の向上は第一。そして、憲法改正は言うまでもないが、いつ憲法改正されるか、それまで待てない状況なので、今できる手段として、領海警備法制定、海上保安庁法、自衛隊法、事態対処法の改正などの法整備が必要だという。そして、施政権の顕示、政府としての防衛対処方針の明確化、対処能力の向上、対艦ミサイルベルトの構築、そして、高出力マイクロ波兵器の開発」と発言が続いた。

マイケル・ピルズベリー著『China2049』にも書かれているように「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」というもので、共産党指導者は、そのゴールは復讐、つまり外国が中国に味あわせた過去の屈辱を「清算」することであって、その計画はしたたかに着々と進行しており、日清戦争に負けたとする日本もその例外ではない。「中国が覇権国になることはない」と繰り返し言い続ける人がいるが、実質リアルに見ていくと、金の力によって、中国に屈服している者たちが如何に多いか、報道で知ることができるであろう。「世界の国々も」「大手企業も」だ。中国は本気なのである。

日本国内でも、半導体産業の脆弱化、北海道土地買い占め問題のみならず、横浜をはじめとする新潟や京都などへの不動産介入、大学における孔子学院設立など、様々な方策で日本を貶めるべく手段・方法を取り、実行してきている。そして、中国海警局による尖閣諸島侵犯などは最たるもので、中国が海警局に武器の使用を認めた「海警法」が施行されたことは、本気度をうかがわせる。中国は確実に日本を貶める手段をしたたかに着々と進めている。そこに気づかないでいる日本国民がいることも事実であり、今回はこの危機意識を共有すべく、警鐘を鳴らしたいという思いも込めて筆を執った次第である。ご笑覧いただいたら幸いである。
2021.07.17 07:32 | 固定リンク | その他
DIMEという考え方
2021.05.27
突然だが、「DIME」という考え方をご存知であろうか。
答えを先に言うと、「D」=ディプロマシー(外交)、「I」=インテリジェンス、「M」=ミリタリー(軍事)、「E」=エコノミー(経済)の四つの頭文字をとって「DIME」と呼び、これら四つを組み合わせた総合的な「国家戦略」のことを言う。

昨今、評論家の江崎道朗氏が提唱し、雑誌、講演などでよく書いたり、話をしたりするので、耳にすることが多くなったと思うが、実は、米国、中国はこの考え方で「国家戦略」を進行している。読者の皆さんは米中貿易戦争他、米中対立、そして、EU諸国の中国への対応をどう見ているだろうか。
過去の話になるが、トランプ政権の目的は、「貿易赤字解消」や「知的財産権の保護」といった経済面だけの問題ではなく、「DIME」、つまり、外交、インテリジェンス、経済でのたたきを念頭に、トランプ政権は経済・通商での戦いを仕掛けたのだということであった。

では、日本はどうであったろうか。第二次安倍政権下で創設した国家安全保障会議(NSC)が総理大臣による「DIME」の総合判断がシビリアンコントロールの本体であり、有事における総理大臣の戦略的指導の正体である。そして、「DIME」を考える組織なのである。この組織が縦割りの日本の官僚体制に布石を打ち、米国との安全保障戦略を練っているのである。

月刊正論2020年4月号で国家安全保障局次長だった兼原信克氏が論文「このままではこの国を守れない」を寄稿しているので、チャンスがあれば読んでもらいたい。根本的な考え方が書いてあるので、お勧めする。そして、その中で、安全保障関連法など、NSCが土台を作ったとする中で、「自衛隊の統合運用、防衛産業政策、サイバー民間防衛、科学技術流出阻止問題など、まだこれからの課題です。やり残したことは多く、このままではこの国を守れません」と言っている。日本の安全保障はまだまだ不十分なのである。

では、日本には展望がないのか。
前述の江崎氏の著書『知りたくないではすまされない~ニュースの裏側を見抜くためにこれだけは学んでおきたいこと』で「日本だけが手にしている『三つのカード』がある」と記している。国際政治、特に日米関係における「日本の強み=①莫大な金融資産。②外交力、特にアジア太平洋諸国との関係。③ロジスティック。米国は以上の三つにおいて日本の協力が絶対必要になるという。そして、まかり間違っても「トランプ政権が中国共産党をやっつけてくれるから安心だ」と胡坐をかき、米国頼みに陥ってはならないと江崎氏は言う。そして、今やバイデン政権。日本の在り方は、トランプ政権時よりも役割は大きく、かつ重要である。

では、日本はどうすべきなのか。
その道標として、前述の著書の「おわりに」にそのヒントがあるので紹介する。
「1960年代後半から岸信介首相や福田赳夫首相らのアジア問題のブレーンであった中島慎三郎先生は、一民間人でありながら、その事務所には、ASEAN諸国の政治家や外交官、軍人たちが連日のように訪れていた。私が知遇を得たのは1990年のことで、ベトナム戦争に関与した旧日本軍の元情報将校の話とか、ASEAN結成にかかわる日米両国の対立など、驚くべき話をいくつも聞いたし、その関係者にも合わせてもらった。あるとき、『日本を守るうえで、何が一番大切ですか』と尋ねたら、即座に『敵を知ることだ』との答えが返ってきた。『敵とは誰のことですか』とさらに聞いたら、その答えは次のようなものだった。『日本を滅ぼす力がある国は、ソ連と中国、そしてアメリカの三カ国だ。よってこの三カ国の内情を死に物狂いで調査し、その上前を撥ねるつもりでこの三カ国に立ち向かわないといけない』。本書が国際政治を論じつつ、アメリカの内情を詳しく描いたのは、中島先生の教えによるものだ。間違った情勢分析は国を滅ぼしかねないことを、我々は先の大戦で学んだはずである。その過ちを繰り返してはなるまい」。

4月16日、菅義偉首相とバイデン米大統領がワシントンで会談を行った。大統領就任後、初の対面会談であった。その中で、両首脳は、中国による東・南シナ海での力による現状変更や威圧的な行動に反対することで一致。対中国を念頭に「抑止の重要性」を確認し、同盟の一層の強化を約束した。そして、日中国交正常化前の1969年、佐藤栄作首相とニクソン米大統領の会談以来、日米首脳が共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調し、 台湾に言及した。しかし、この共同声明後、中国による台湾、尖閣、沖縄への軍事行動は激しさを増し、一触即発の状況にある。

安全保障が一触即発にあるにもかかわらず、その論議が国会で大きく取り上げられないのはいかがなものか。

「敵を知る」=「中国は2049年までに世界を侵略する」

マイケル・ピルズベリー氏が『Chaina2049』の著書の中で以下のように記している。
「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」

中国はこの野望を実現するためにありとあらゆる手段を講じてきている。このことを我々は肝に銘じ、中国の脅威に備えるべきである。そのためにも、中国が「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく」如何にしたたかに、日本潰しに行動を起こしているかを知り、国際情勢は「DIME」の考え方によって行動を起こしている中、日本の安全保障環境を整備するため、防衛費アップに国会議員は声を大にしていくことをつとに願う次第である。
2021.05.27 16:16 | 固定リンク | その他
忘れ去られた日本人の気概
2021.04.01
期末、月末、年度末の3月31日、とある会合で「忘れ去られた日本人の気概」という演題で、約60分間、お話をさせていただきました。
その内容を、一部加筆修正してアップしたいと思います。

令和元年11月末に約30年勤めた産経新聞社を退職し、その後、病んだ体を休ませるため、ゆっくりとした時間を過ごしてきました。当然、テレビやワイドショー、新聞報道などを観ることもありました。しかし、その内容に愕然としたことを思い出しますし、「これはどうなんだろう?」と考えてしまうこともあります。

いくつかありますが、特に次に話す3つに視点を向けていきたいと思います。
①長引くコロナ自粛に伴う差別的な報道
緊急事態宣言の解除に伴い、人々は夜の街や花見に繰り出し、マスクを外して楽しむ光景を目にしますが、感染拡大の原因は「飲食業界」であるかのような、取り上げ方をし、その結果、飲食業界、そして旅行業界は大打撃。「飛沫拡散」が問題であるのに。そして、本来は免疫力を高め、十分な睡眠や食生活など、ウイルスに負けない体づくりを心掛けることが大切であるのに。そして、各自の不十分なコロナ対策であるかもしれないのに、飲食業界が悪者であるかの報道や政府の対応に疑義を感じます。
そういった、コロナ陽性者の報道を毎日目にし、その陽性者や医療従事者への差別対応など、偏見に満ちた見方をするSNSの投稿も減ってきたとはいえ、なくならない現実も目の当たりにします。
②窃盗やあおり運転など、迷惑を顧みない「自己欲求」だけを満たす行為
コロナ自粛を理由に、生活ができないとして、窃盗を働く報道も目にするようになりました。それだけでなく、放火や殺人、あおり運転など、自己の欲求を満たすための、自己都合による行動が多くなった気がします。
「自分本位」「自己都合」といった考え方がコロナ自粛で沸騰し、そして、世の中はそれに満ちているかの如く、さらには、「自分は悪くない。悪いのは国や社会、人のせいにして「自分本位」「自己都合」を正当化する発言、特に国会等、自分を棚にあげて、人を批判する光景は観ていて腹立たしく感じる次第です。
③特定の意図を持ったマスコミ報道
コロナ感染者=陽性者であって「暴露=体内に入ること」者ではない。中には本当に感染者もいるかもしれないが、確実な根拠は示していない報道に対し、いつも「?」です。
また、森元首相の「女性蔑視」発言について。全文を紹介せず、切り取った箇所だけを取り上げ、人権問題かの如く森氏への個人攻撃を加速させる報道の在り方に正直、「マスコミは死んだ」と思った次第です。
「報道の自由」を武器に、履き違えられた「自由」を振り上げるオールドメディアに対し、正しく事実を報道することが使命であるにもかかわらず、「報道しない自由」があるとして、真実を伝えなかったり、事実を歪曲して伝えるマスコミの在り方に報道の信頼性の欠如が目に余る光景に「何を信じれば良いのか」とも思ったりします。

自分勝手に振る舞い、我欲にまみれた現代社会に都合よく生きる日本人(もしかしたら日本人ではないケースもあるかもしれません)が増えた現状、そして特定の意図を持ち、間違った「自由」を振りかざすオールドメディアに関して、私なりの考えをお話したいと思います。

以上を考えた中で、一番に思うことは「戦後日本の在り方」についてです。

戦後の日本を形成したのは、GHQによる「WGIP(「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」)の結果であると私は思っています。
二度と米国に歯向かうことを許さない、激しい言葉で言うなれば、日本人の精神を粉々にしてきた計画で、その残していた毒が、日本社会の奥深くまで根ざし、政治、財界、官僚、司法、教育その他言論界の多くの日本人の思考を今も縛りつけていると私は考えています。
特に教育業界は深刻であると私は思っており、学校教育、とりわけ学校運営のみならず、教師の質もさることながら(素晴らしい先生はたくさんいるのも事実ですが…)、教師が作成する資料が多いため、子供たちと向かう時間が激減。さらには、放課後の教師のクラブ活動も義務ではないとのことから、顧問の先生がいないからと言って、バレー部やバスケットボール部などの主流クラブもなくなるといった現状も増えているのを見聞きします(それを補うため三鷹市は「部活動指導員」という地方公務員法第22条の2第1項第1号に掲げる会計年度任用職員制度を設けています)。
しかし、その教育業界にも平成18年に教育基本法が改正され、明るい兆しも見えています。

その主な特色は以下の通り。
1.目標達成型教育
2.愛国心、道徳心の育成が新たな教育目標に明記
3.義務教育の目的
4.体系的・組織的な学校運営
5.教師の使命と職責
6.家庭教育の重視
7.宗教教育の重視
8.教育水準の維持
9.行政責任の明確化
10.教育振興基本計画の策定{教育の目的}
特に、「愛国心、道徳心の育成が新たな教育目標に明記」され、「宗教教育の重視」=地元や地域の神社仏閣を学び、しいては今までの靖國神社に対する考え方も再構築する内容だと考えます。

戦後、未曽有の経済復興を成し遂げたのは、戦前戦後を生き抜き、明治人の気概を継承した大正人であると正論調査室勤務時代、主催した「正論シネマサロン」で取り上げた上映映画「永遠の〇」や「海賊と呼ばれた男」上映後、講演していただいた百田尚樹氏の言葉が今でも忘れられません。
「海賊と呼ばれた男」の主人公は出光興産の創業者「出光佐三」。戦前、戦後、日本国民のに尽力した「日章丸事件」。高騰する石油市場改善のため、日本国民のために国交もなかったイランに命の危険もある中でオイルを買い付けに行くのだが、その強い覚悟をもった「気概」は「明治の精神」によるものだと自分は考えます。

江戸時代が終わり、明治維新を遂げ、明治時代が形成されます。そこには大久保利通、西郷隆盛、伊藤博文、福沢諭吉、陸奥宗光、小村寿太郎などなど、先人たちの血のにじむ努力と、そして色んな対立があった中でも、「国を護るという『強い覚悟』」の後に、明治維新が確立されたのであると思うのです。

明治34年生まれの俳人・中村草田男が「昭和6年30歳の時に、母校・青南小学校を約20年ぶりに訪れた際に次の句を詠んでいます。
「降る雪や 明治は遠く なりにけり」
この句のもつ意味を探ると、昭和42年5月、明治神宮の社報『代々木』に「『明治は遠く・・・の句に就いて』という巻頭随想を寄せているのですが、そこで次のように書いています。

「私は青南小学校(子供のころに通った小学校)において貴重な消えることのない根本精神を教え込まれ植え付けられたのである。それは『恥を知れ』という一精神であった。それは直ちに以て『明治の精神』と唱えることができよう」と。
遠くになったと感じたのは「明治」という時代の「精神」だった。自ら「明治人」としての誇りがこの句に込められていたのだと感じます。帝國主義全盛の時代に、まったく新しい国につくりかえることにより、西欧列強の侵略からまぬかれることが出来たのは「奇跡」ともいえる快挙であったことは間違いなく、それを実現したのは中村草田男が誇りとする「明治の精神」であり、また明治人たちの「気概」だった。

「恥を知る」とはどういうことなのか。
かつてルース・ベネディクトは『菊と刀』の中で、欧米の「罪の文化」と日本の「恥の文化」を対比した。キリスト教文明の欧米では、行為の規範には戒律に反することに向けた罪の意識があるが、宗教的戒律の存在しない日本では、世間や他人の目を気にする恥の意識があると述べました。つまり、欧米では自己の内なる良心に従って行動するが、日本では、周囲の感情や思惑に従って行動するというのである。
しかし、社会学者の作田啓一は、日本でいうところの「はじ」には、人前で嘲笑されたときの「恥辱(ちじょく)=はずかしめ」ばかりではなく、人前でほめられたときにも覚える「羞恥(しゅうち)=恥ずかしく感じる気持ち」があると述べている。日本人は、他者からの注目を集めることをした際に、はじらいを覚えるのである。と述べています。そして「自己の属する集団の価値基準とは異なる、より広い集団の価値基準に従って行為したことで、周囲の注目にさらされる。そのとき日本人は、所属集団のウチとソトの志向の不一致に気づくとともに、その狭間で揺れ動く自己の弱さを自覚することになる。そのとき「羞恥」の感情は引き出される。その意味で日本人も、たんに周囲の規範に従って行動するのではなく、自分の内面化された優劣の観念に従っていることが少なくない」。
重要なのは、この点にある。「恥」の意識は、必ずしも悪いものではないということであり、「恥を知れ」と言われた側の心理に「恥を知る」心の移り変わりはどうであろうか。

先般「映画『二宮金次郎』上映&講演会」を開催し、二宮金次郎が唱える「報徳」の精神が大切であると考えました。
「至誠」「勤労」「分度」「推譲」の実践により、人は初めて物質的、精神的に豊かになる、そう考えたのです。

全国のたいていの公立小学校では、玄関横に背中に薪を背負い、本を読みながら歩いている二宮金次郎の石像が立っていました。勤勉の大切さや、勉強はやる気があればできることを子供たちに教えるのがこの像の目的でしたが、その二宮金次郎の像は年々姿を消しています。また、「歴史教科書から坂本龍馬ら45人の偉人が消える⁉」というニュースが報道されました。減りゆく金次郎像とともに本来日本人が大切にしてきた“何か”が失われつつあるのではないかと感じずにはおられません。
二宮金次郎は、生涯600余の農村の復興に成功しました。それは「勤労(よく働く)」「分度(節度ある生活)」「推譲(人の為になる)」の実践でした。その考え方は、渋沢栄一、豊田佐吉、松下幸之助、土光敏夫、稲盛和夫など多くの経営者や日本人に語り継がれてきました。しかし、このコロナ禍において自分勝手に振る舞い、そして我欲にまみれた現代社会に都合よく生きる日本人が増えている現状を見るにつけ、改めて二宮金次郎が実践した「分度」「至誠」「積小為大」など、その生涯において最も大切にした「報徳」の精神が今の日本人にとって大切なことのひとつだと考えます。そして、二宮金次郎が提唱する「報徳」とは如何なるものかを学び、忘れ去られた日本人の心を呼び戻す機会とするため、今回のイベント開催にいたりました。

しかし、それだけでは何の解決にもならない。
では、どうするか。
「道徳教育の実践」が大切なのではないかと考えるのです。

まず、「人間は一人では生きられないということを自覚する。集団に属し、集団に守られ、支えられ、生活を営んでいる。その中で基礎的な集団の最小単位である「家庭」が揺らぎ、最大単位である「国家」が揺らいでは、安心も平和も幸福もない。しかし、それらが心のよりどころである」。
しかし、戦後、GHQによる戦後政策で「民主主義」という名のもとに、あらゆる場面で家庭や国家よりも「個人」を優先するようになりました。だが、自由、平等、反戦・平和、人権など、いくら叫んだところで、この二つの基盤がぐらついては、かえって個人の生活がおびやかされると思います。
たしかに戦後、日本は民主主義のもとに繁栄を謳歌してきました。民主主義が唱えるものは自由であり、平等です。しかし、自由を履き違え、他を顧みないで気まま、わがまま、自分勝手に振る舞ったとしたら、そのような社会に平等は存在しないと考える。他者への配慮と責任感を伴わない自由、義務を尽くした人と尽くさない人とを同じように見る平等観は、本来の民主主義とは言えないのではないかと思うのです。
(参考文献=『国家と道徳』廣池幹堂著)

道徳教育の実践をするにあたり、改めて「教育勅語」を考えてみたいと思います。
1.親に孝養をつくしましょう(孝行)
2.兄弟・姉妹は仲良くしましょう(友愛)
3.夫婦はいつも仲むつまじくしましょう(夫婦の和)
4.友だちはお互いに信じあって付き合いましょう(朋友の信)
5.自分の言動をつつしみましょう(謙遜)
6.広く全ての人に愛の手をさしのべましょう(博愛)
7.勉学に励み職業を身につけましょう(修業習学)
8.知識を養い才能を伸ばしましょう(知能啓発)
9.人格の向上につとめましょう(徳器成就)
10.広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう(公益世務)
11.法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう(遵法)
12.正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう(義勇)
今日、生活するのに当たり前のことが書いてあるにもかかわらず、GHQの戦後政策により「剥奪」された「明治の精神」を実践していくことはとても大切であり、道徳教育にも取り入れることは大事なことであるかと思います。

そのためには「自らが『リーダー』となり、行動におこし、実践して結果をつくっていくことだと思うのです。

道徳教育の実践=学校教育と頭に浮かびますが、学校教育には頼りきれない現実もあると私は思います。
・教師の資質の問題、業務過多
・教師も一個人という考え方(自分の家庭もある)
・変な意味での「自由」
・子供の価値観、行動の多様化、対応
家庭教育の不名誉な実態
・深刻なネグレクト
・しつけという名のもとのハラスメント
・家庭教育を学校教育に押し付ける親の実態
家庭教育は「親が変わらないと子供も変わらない」というのが答えであり、色んな理由を見つけては、自分のこととしてとらえない者もいるのが実際です。

そうしたならば、現状を把握し、どうフォローできるか
PTCAという取り組みも1つであると考えます。

PTCAとは、Parent(親) Teacher T (先生) Community C (地域)Association A (会) の頭文字をとったもので、PTAに地域住民(Community)が加わった「親と教師と地域住民の会」のことで、地域住民が、学校教育に外側からの支援をするだけではなく、地域の子どもたちは地域で育てるという「共育」の気持ちを大切にします。学校・家庭・地域社会の三者が、子どもの教育について緊密に連携した組織がPTCAです。
PTCA活動推進のポイント(新潟県の例)
(1) 第一に、学校・家庭・地域社会が目標を一つにすること
目標を一元化することで、一体となった共育を行うことが可能となります。
(2) 第二に、学校が地域拠点となること
学校が中心になるのではなく、学校が拠点であるという点を大切にします。子どもの教育を学校が中心となって負うということではなく、いわば学校を地域教育センター的なものとして捉えることです。
(3) 第三に、PTAを母体として組織化させること
学校と家庭、学校と地域社会を結び教育活動を充実させる取組は以前から行われていました。それを発展させ、学校・家庭・地域社会の三者が、子どもの教育について緊密に連携し、組織的に支援活動を行います。その際はPTAを母体として、無理のない、各地の実情に応じた組織づくりを大切にします。

これらのことを考えていく中で、この、寺子屋「玉川未来塾」はその一助として活動していこうと考えるのです。
次代の担うリーダーを、若者を育成するため、そして、日本の文化・伝統、、正しい歴史観・国家観を継承していくため、尽力していこうと思います。

最後に、「国のせい、社会のせい、人のせいなど「誰かのせい」にしている限り、日本は良くならない」。これが結びの言葉です。

参考までではありますが、元上司でありました、ジャーナリストの上島嘉郎氏が公式チャンネル「ライズアップジャパン」にとても重要な指摘があり、私自身も賛同する内容です。以下のURLよりご覧いただきますと幸いです。
https://youtu.be/NKWc5jLf92g
2021.04.01 12:11 | 固定リンク | その他
映画「めぐみへの誓い」を観て思う
2021.03.07


本日は、映画「めぐみへの誓い」を観てきた。

・・・胸が締め付けられた。
拉致被害者をも取り戻せない日本の安全保障って何だろう。それでいて平和な日本って一体何?改めてそう思った。

この映画の原作は「めぐみへの誓い-奪還-」という演劇で、昭和52(1977)年に横田めぐみさんが拉致されてから「北朝鮮拉致事件」をテーマにした日本映画がいまだ一本も存在しない事から企画がスタート。拉致の残酷さと実態、拉致被害者救出を世界に訴えることを目的として、クラウドファンディングを実施され、多くの方の賛同と共感を得て「本格的な映画製作」が実現することになり、この度、劇場公開された。

監督・脚本の野伏翔氏は長い間、この問題に取り組み、向き合い、そして舞台「めぐみへの誓い-奪還-」を全国公演しては拉致被害者を救うべく啓蒙活動を行ってきた。そして、当時の記者会見で野伏監督は「(横田さんが)元気なうちに何とかしたいという思いがある。横田さんは、いつも電話を掛けると『はいっ!』とすぐに出てくるんです。いつ、めぐみさんが帰ってくるのかと期待して…」と声を震わせながら作品に掛ける思いを語った。監督の思いは我々の想像以上に深いのである。

令和2年2月3日付の産経新聞「めぐみへの手紙」で横田早紀江さんは「お母さんは今、一生懸命に毎日を生きています。体中に衰えを感じ、日々しんどく感じます。そして、病院で必死にリハビリするお父さんの姿を見ると、『一刻も早く、めぐみと会わせてあげなければ』という焦りで全身がしびれます。これが老いの現実です。お父さんと、お母さんだけではありません。すべての家族が老い、病み、疲れ果てながら、それでも、被害者に祖国の土を踏ませ、抱き合いたいと願い、命の炎を燃やしているのです」と綴っていた。
しかし、令和2年6月5日、横田滋さんはお亡くなりになった。享年87。残酷極まりない。

私が販売兼事業担当部長として正論シネマサロンを担当していた平成29(2017)年10月に第9回正論シネマサロン「舞台版『めぐみへの誓い』」を上映した。拉致から40年の節目の年に開催しましたが、当時は北朝鮮からのミサイルが頻繁に発射され、「こういう時期にこのイベントをするのはどうなのか」という声をいたが、私は事業担当部長として、「こういった時期だからこそ、開催し訴えるべきだ」と声高に言ったことを思い出す。

この問題。「捏造」「虚報」とまで揶揄された一本の記事からすべてが始まった。産経新聞元記者阿部正美氏。この記者がいなければ、この事件は国内失踪事案のまま闇の中だったかもしれない。産経新聞の第一報は「虚報」とされ、この重大な人権侵害、主権侵害の国家犯罪への関心は広がることはなかった。

阿部正美氏著『メディアは死んでいた』で、阿部氏は以下の思いを綴っている。

「歴史に『もし』『たら』はないが、もし、あの時、メディアが一斉に報じていたら、今とは違う、今よりずっと良い結果に至っていたのではないか、との思がぬぐえない。一度ならずあった契機に目をつぶり、拉致疑惑の存在を否定、黙殺し続けた事実は消すことはできない。この間、産経新聞の一連の拉致報道に対する誹謗を幾度も見聞した。インターネット上にも事実と異なる情報が散見される。反論もせず、訂正を求めることもしてこなかった。通常、事件取材の経緯は明かさないのが原則だ。しかし、拉致事件に限れば、どう取材したか、しなかったか、どう報道したか、しなかったか、が正しく記憶されるべきだと思うようになった。それらを全て含めて拉致事件と考えるからだ。(中略)北朝鮮が拉致を認め、謝罪したにもかかわらず、全面解決の兆しは見えない。事件が風化しつつある今、私なりの40年目の検証を書き残すことが、老いた元新聞記者にできる最期の仕事ではないか」。

さらに阿部氏は、メディアに携わる人間としての反省もあるとして、前述の第9回正論シネマサロンのトークライブで「拉致を放置したメディアの罪―今だから語る取材秘話」の中で次のように語っている。

「昭和63年に梶山静六国家公安委員長(当時)が初めて『北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚』と国会で答弁した際、産経新聞の扱いはベタ記事でした。これだけのことを政府が明言する背景にはそれなりの根拠があるんですよ。普通はその根拠をめぐって取材合戦が始まり、新しい事実が出てくる。そして世論が盛り上がる。梶山答弁を大きく扱っていれば拉致問題解決は早まったのではないかという思いが消えません。一行も載っていなかった他紙に比べればましだったとはいえ、梶山答弁の重要性を見逃した自分が実に恥ずかしいですよ。めぐみちゃんの事件が明るみに出たのは1997年。『アベック三組』の記事から17年も経っていることがこの事件の異様さを示しています。その責の大半はメディアにあります。金丸訪朝団は北朝鮮で拉致の『拉』の字も言いませんでしたが、それはマスコミの訪朝団も同じでした。だからメディアに『政府は何もしなかった』と批判する資格はない。梶山答弁を見過ごした私にもありません。
(梶山答弁を引き出したのは共産党の国会議員でした。質問の作成に関与していたのが後に除名される兵本達吉氏です)。当時、共産党の国会議員秘書を務めていた兵本さんから電話があり、『あんたが書いたアベックの記事はおもろいな。清張の小説よりおもろいで』と言われました。産経と共産党は犬猿の仲だったから、電話を受けた私はびっくりしました。その後、当時の国会議員会館で兵本さんとお会いしました。在室していた共産党職員に『産経の記者です』と伝えるや、部屋中が異様な雰囲気になったことを覚えています。ただ、兵本さんは『拉致は重大な主権侵害であり、重大な犯罪である。共産党も産経も朝日もあるか』という一貫した考えをお持ちでした。私も同感です。容共も反共も関係ない。犯罪を追及・解明することは新聞記者なら当たり前の話です」。

事件当時、この事件を追いかけていたのは、阿部正美氏以外に朝日放送、そしてアエラの記者の三人だけであった。

このたびの上映公開に際し、野伏監督をはじめ、関係者の皆様にはこのように映画上映に漕ぎ着けたご苦労に敬意を表すとともに、私も微力ながらクラウドファンディングにご協力させていただいた。

今朝まで元気で学校に向かっていった我が子が、突然、消息不明となり、家に帰ってこない状態を想像してみてほしい。その家族は本当に平和状態だと言えますか。戦争がない状態だけが平和な状態なのか。他国に連れ去られた拉致被害者を救えないでどうして平和だと言えるのか。そして、国民はこの問題を我がことのように捉えているのだろうか。
こういった難解な問題を真剣に考えた千葉県八街市立朝陽小学校の5年生が令和元年、産経新聞東京本社を訪れ、「横田めぐみさんへ」と題した75人分の作文を届け、被害者の帰国を強く願う思いを綴ってくれた。小学生を指導した先生と真剣にこの問題に取り組んだ小学生に敬意を表すとともに、このように我が事のように捉える日本人が増えてくることを心から願う。

子供を殺める親、平気であおり運転をする者、「皆がしているから自分も」と迷惑を顧みず、事の真意を考えないで行動する者など、不道徳なニュースが毎日報道される。個人の主張だけが尊重され、公の問題は無関心。本当に考えさせられる。

日本は確かに豊かになった。しかし、日本人として大切な何かを失っている気がしてならない。私も他人事ではなく、我が事のように考え、そして拉致被害者奪還まで尽力していくと思いを新たにした本日である。

何れ、寺子屋「玉川未来塾」の企画するイベントで「映画『めぐみへの誓い』」を取り上げさせていただきたいと思う。こうして実行に移していくことが、この拉致事件解決の一歩につながるのではないかと考えるのである。そして、平成29年に実施した第9回正論シネマサロンを開催するに、上島元正論編集長に言われて叶わなかったことを実現し、少しでも拉致事件解決に尽力したいと誓ったのだった。
2021.03.07 18:33 | 固定リンク | その他

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