自民党総裁選について
2021.09.30
今回は自民党総裁選について(9月30日寄稿)。政局について語るのは自分としては本意ではないのだが、今回は触れることとした。
9月29日、自民党総裁選で岸田文雄前政調会長が新総裁に選ばれた。
まずは、菅義偉首相については、首相就任後、1年余りにわたり、コロナ対策をはじめ、デジタル庁、安全保障環境、皇位継承問題など、日本にとって、とても重要な案件を、日本が歩むべく道に方向性を示してくださり、心から感謝を申し上げたい。そして、お疲れ様でした。
今朝の産経新聞にとても大切で参考になる記事が多いので、所々、引用させていただきたい。
今回の総裁選は、政策通の4人が、激しい論戦を繰り広げ、とても良い総裁選であったと感じた。その中でも、高市早苗前総務相、そして、私とは考え方は違うが野田聖子幹事長代行には、堂々と自分の政治信念を貫き、持論を展開し、立派に戦い抜き、政治信念を曲げた河野太郎ワクチン担当相と大きな差を良い方に感じた。
野田氏は、リベラル色は強いが、しっかりと政策論争ができるし、野田ファンが多いということも納得できるし、実感できた。
高市氏は次につながる敗戦でもあった。特に、本命視されていた河野氏の得票を、議員票で28票も上回ったのは予想外だった。また、結果報告会に出席した安倍晋三前首相が「私たちは高市氏を通じて、本来自民党はどうあるべきか、しっかりと訴えることができた。他の候補にも影響を与えた」と語り、高市氏も「私は歩みを止めない。政策を磨き上げ、また次に向かって一緒に歩んでくださることをお願いする」と語った。次へと望みを繋げたのはとても大きい。
私は、今回の総裁選に当たり、次の論点に注目していた。
①コロナ対策
②経済政策
③安全保障政策
④皇位継承問題
特に「皇室問題」は日本国の一丁目一番地。「男系男子」による皇位継承であるべきで、先例のない「女系天皇」はあってはならないというのが、私の考えである。以前にも書いているが、皇位継承問題で大事にしなければならない原則があり、それは「①先例②男系③直系」である。この3つはどれが欠けても皇室の歴史は語れない。そして、大事なのが順番である。故に、歴史を守る方法は先例から探すべきなのだ。このことは、今後、とても重要なキーワードになるので、読者の皆様の頭にもしっかりと入れておいていただきたい。
新総裁になった岸田氏は9月8日の産経新聞のインタビューで、総裁任期中に憲法改正を目指すと強調。皇位継承は「『女系天皇』以外の方法で考えるべきだ」と明言した。私としては、少し安堵した。安全保障分野では弾道ミサイルを相手領域内で阻止する「敵基地攻撃能力」の保有を主張し、安倍氏と歩調を合わせている。
とはいえ、岸田氏はリベラル色が強い宏池会の流れを汲む。本日の産経新聞には「岸田派内には、こうした安保政策に懸念の声があり、保守勢力が警戒する選択的夫婦別姓への賛成論も根強い。対応を誤れば総裁選勝利の原動力となった保守勢力が離れる可能性がある」と。岸田派は46人にとどまり、党内第5派閥。岸田氏を支える勢力としては少数派である。派閥外にも協力者を募らなければ、政権は維持できないだろうと考える。そのためには、安倍・麻生両氏の協力を求めることは必要不可欠であろう。
まずは10月24日投開票の参院静岡、山口両選挙区の補欠選挙、そして11月までに行われる衆院選を勝利に導き、総裁選での訴えを着実に実現し、支持基盤を盤石にすることが急務となる。
一方の河野氏は「女系容認派」で、しかも、年金、安全保障などに関する曖昧な発言だけでなく、テレビ出演時などで見せたすぐキレる姿や高飛車で乱暴な口の利き方には、観ていて不愉快になったことだけでなく、平成24年の総裁選で、当初は本命候補だった石原伸晃元幹事長が、軽い発言で失速していったのと重なってみえた。そして、失速。ある意味、当然と言えば当然だが、全国の党員党友票が一番であることに違和感を覚えている。はたして、どういった種の自民党員なのか。リベラルなのか、保守なのか。構成員の種別を知りたい。
高市氏の総裁選出馬はある意味、「河野氏潰し」でもあり、「自民党保守路線の立て直し」でもあったのではないかと感じる。「阿比留瑠比の極言御免」での言葉を引用させていただくと、「選対本部に入るなど表立つことはせずに、高市氏を支援した安倍晋三前首相は数日前、周囲に語った。『高市さんは自分で運をつかんだ。彼女は私と勉強会をしていたことや、私にもう一度総裁選に出るよう要請して断られたことを、あえて(8月26日のBS日テレ番組で)明らかにした。それにより、行き場を失っていた岩盤保守層の支持を集めた』。それまでの安倍氏は、総裁選候補がリベラル派ばかりになることを危惧していた。直近の衆院選に向け、ただでさえ自民党から心が離れる傾向にあった保守層が、ますますそっぽを向きかねないからである。ただ当初は、高市氏が総裁選出馬に意欲を示していることについては『彼女は他の議員との付き合いが薄い』と述べるなど、必ずしも積極的だったわけではない。それが自ら党所属議員らに電話をかけて高市氏支持を呼び掛けるほど熱心になった理由の一つは、8月下旬の段階から『本気で勝ちにいく』と述べていた高市氏の決意が伝わったからだろう。実際、総裁選の討論会などでの高市氏の保守的な政策発信は、他の候補にも一定の影響を与えた」。
高市氏の今後に期待を大きくするが、阿比留瑠比論説委員兼政治部編集委員も書いているように「他の議員との付き合いが薄い」と人脈に難を覚える。官僚も含め、今後のためにも人脈作りに精を出していただきたい。そして、評論家の江崎道朗氏も自身のSNSで、「本格的な高市政権を目指すならば、今回は、党務に専念し、政権構想を煮詰める準備を進めた方がいいように思います」と言っている。私も同感である。今は焦らず、次を見据えて強固となる地盤作りをしていただきたい。
こうして岸田新総裁になり、次の衆院選挙はご祝儀選挙であると考えるが、議席は落とすことは免れないだろう。しかし、菅政権時のような激減ではなかろう。ただ、問題は来年7月の参議院選挙。参議院選挙は常に苦しい選挙戦を展開している。ここで勝利しなければ、衆参ねじれ現象をおこし、念願の憲法改正は、また一段と遠ざかる。岸田新総裁の手腕が問われる。
10月4日召集の臨時国会で首相指名選挙が行われ、宮中での認証式などを経て岸田内閣が発足する。今後の岸田内閣に期待するのは、組閣の閣僚人事もさることながら、近々の課題であるコロナ対策をはじめ、経済政策、安全保障政策、皇位継承問題、そして憲法改正をどのような方向性で進めようとしているかである。目的を明確化し、これらにどのような指針を示すのか、楽しみである。ましてや経済政策において「再分配」を唱える岸田氏が財政出動をさせ、その金の使い方をどうするかは良くない方向で目が離せない。そのためにも、日本維新の会や国民民主党がしっかりと野党の働きを示すよう、期待する。建設的でない、文句ばかりの立憲民主党はもういらないし、日本の国益にならない。
9月29日、自民党総裁選で岸田文雄前政調会長が新総裁に選ばれた。
まずは、菅義偉首相については、首相就任後、1年余りにわたり、コロナ対策をはじめ、デジタル庁、安全保障環境、皇位継承問題など、日本にとって、とても重要な案件を、日本が歩むべく道に方向性を示してくださり、心から感謝を申し上げたい。そして、お疲れ様でした。
今朝の産経新聞にとても大切で参考になる記事が多いので、所々、引用させていただきたい。
今回の総裁選は、政策通の4人が、激しい論戦を繰り広げ、とても良い総裁選であったと感じた。その中でも、高市早苗前総務相、そして、私とは考え方は違うが野田聖子幹事長代行には、堂々と自分の政治信念を貫き、持論を展開し、立派に戦い抜き、政治信念を曲げた河野太郎ワクチン担当相と大きな差を良い方に感じた。
野田氏は、リベラル色は強いが、しっかりと政策論争ができるし、野田ファンが多いということも納得できるし、実感できた。
高市氏は次につながる敗戦でもあった。特に、本命視されていた河野氏の得票を、議員票で28票も上回ったのは予想外だった。また、結果報告会に出席した安倍晋三前首相が「私たちは高市氏を通じて、本来自民党はどうあるべきか、しっかりと訴えることができた。他の候補にも影響を与えた」と語り、高市氏も「私は歩みを止めない。政策を磨き上げ、また次に向かって一緒に歩んでくださることをお願いする」と語った。次へと望みを繋げたのはとても大きい。
私は、今回の総裁選に当たり、次の論点に注目していた。
①コロナ対策
②経済政策
③安全保障政策
④皇位継承問題
特に「皇室問題」は日本国の一丁目一番地。「男系男子」による皇位継承であるべきで、先例のない「女系天皇」はあってはならないというのが、私の考えである。以前にも書いているが、皇位継承問題で大事にしなければならない原則があり、それは「①先例②男系③直系」である。この3つはどれが欠けても皇室の歴史は語れない。そして、大事なのが順番である。故に、歴史を守る方法は先例から探すべきなのだ。このことは、今後、とても重要なキーワードになるので、読者の皆様の頭にもしっかりと入れておいていただきたい。
新総裁になった岸田氏は9月8日の産経新聞のインタビューで、総裁任期中に憲法改正を目指すと強調。皇位継承は「『女系天皇』以外の方法で考えるべきだ」と明言した。私としては、少し安堵した。安全保障分野では弾道ミサイルを相手領域内で阻止する「敵基地攻撃能力」の保有を主張し、安倍氏と歩調を合わせている。
とはいえ、岸田氏はリベラル色が強い宏池会の流れを汲む。本日の産経新聞には「岸田派内には、こうした安保政策に懸念の声があり、保守勢力が警戒する選択的夫婦別姓への賛成論も根強い。対応を誤れば総裁選勝利の原動力となった保守勢力が離れる可能性がある」と。岸田派は46人にとどまり、党内第5派閥。岸田氏を支える勢力としては少数派である。派閥外にも協力者を募らなければ、政権は維持できないだろうと考える。そのためには、安倍・麻生両氏の協力を求めることは必要不可欠であろう。
まずは10月24日投開票の参院静岡、山口両選挙区の補欠選挙、そして11月までに行われる衆院選を勝利に導き、総裁選での訴えを着実に実現し、支持基盤を盤石にすることが急務となる。
一方の河野氏は「女系容認派」で、しかも、年金、安全保障などに関する曖昧な発言だけでなく、テレビ出演時などで見せたすぐキレる姿や高飛車で乱暴な口の利き方には、観ていて不愉快になったことだけでなく、平成24年の総裁選で、当初は本命候補だった石原伸晃元幹事長が、軽い発言で失速していったのと重なってみえた。そして、失速。ある意味、当然と言えば当然だが、全国の党員党友票が一番であることに違和感を覚えている。はたして、どういった種の自民党員なのか。リベラルなのか、保守なのか。構成員の種別を知りたい。
高市氏の総裁選出馬はある意味、「河野氏潰し」でもあり、「自民党保守路線の立て直し」でもあったのではないかと感じる。「阿比留瑠比の極言御免」での言葉を引用させていただくと、「選対本部に入るなど表立つことはせずに、高市氏を支援した安倍晋三前首相は数日前、周囲に語った。『高市さんは自分で運をつかんだ。彼女は私と勉強会をしていたことや、私にもう一度総裁選に出るよう要請して断られたことを、あえて(8月26日のBS日テレ番組で)明らかにした。それにより、行き場を失っていた岩盤保守層の支持を集めた』。それまでの安倍氏は、総裁選候補がリベラル派ばかりになることを危惧していた。直近の衆院選に向け、ただでさえ自民党から心が離れる傾向にあった保守層が、ますますそっぽを向きかねないからである。ただ当初は、高市氏が総裁選出馬に意欲を示していることについては『彼女は他の議員との付き合いが薄い』と述べるなど、必ずしも積極的だったわけではない。それが自ら党所属議員らに電話をかけて高市氏支持を呼び掛けるほど熱心になった理由の一つは、8月下旬の段階から『本気で勝ちにいく』と述べていた高市氏の決意が伝わったからだろう。実際、総裁選の討論会などでの高市氏の保守的な政策発信は、他の候補にも一定の影響を与えた」。
高市氏の今後に期待を大きくするが、阿比留瑠比論説委員兼政治部編集委員も書いているように「他の議員との付き合いが薄い」と人脈に難を覚える。官僚も含め、今後のためにも人脈作りに精を出していただきたい。そして、評論家の江崎道朗氏も自身のSNSで、「本格的な高市政権を目指すならば、今回は、党務に専念し、政権構想を煮詰める準備を進めた方がいいように思います」と言っている。私も同感である。今は焦らず、次を見据えて強固となる地盤作りをしていただきたい。
こうして岸田新総裁になり、次の衆院選挙はご祝儀選挙であると考えるが、議席は落とすことは免れないだろう。しかし、菅政権時のような激減ではなかろう。ただ、問題は来年7月の参議院選挙。参議院選挙は常に苦しい選挙戦を展開している。ここで勝利しなければ、衆参ねじれ現象をおこし、念願の憲法改正は、また一段と遠ざかる。岸田新総裁の手腕が問われる。
10月4日召集の臨時国会で首相指名選挙が行われ、宮中での認証式などを経て岸田内閣が発足する。今後の岸田内閣に期待するのは、組閣の閣僚人事もさることながら、近々の課題であるコロナ対策をはじめ、経済政策、安全保障政策、皇位継承問題、そして憲法改正をどのような方向性で進めようとしているかである。目的を明確化し、これらにどのような指針を示すのか、楽しみである。ましてや経済政策において「再分配」を唱える岸田氏が財政出動をさせ、その金の使い方をどうするかは良くない方向で目が離せない。そのためにも、日本維新の会や国民民主党がしっかりと野党の働きを示すよう、期待する。建設的でない、文句ばかりの立憲民主党はもういらないし、日本の国益にならない。
日本の安全保障と次代を担う人材の育成
2021.09.02
次に掲げる論文は、私が平成27(2015)年に、日本の歴史認識と安全保障についての勉強会に参加した際に、提出した論文である。
題は「日本の安全保障と次代を担う人材育成~国を護るとは、日本人の気概とは~」。
今とは環境が異なる点もあるが、当時の浅はかな知識で書いた論文である。
ご指摘も含め、色々とご意見をいただきたいと思い、恥を忍んで掲載した。
長文ではあるが、お付き合いいただけたら幸いである。
(以下)
大東亜戦争以降、自由主義諸国と共産主義諸国との冷戦対峙、中近東情勢への関与など、世界秩序は米国を中心に築き上げられてきた。「強いアメリカ」であったからこそ、世界の秩序はある程度護られてきたといっても過言ではない。しかし、平成25年(2013)年9月、オバマ米大統領はシリア問題に関する9月10日のテレビ演説で、「米国は世界の警察官ではないとの考えに同意する」と述べ、米国の歴代政権が担ってきた世界の安全保障に責任を負う役割は担わない考えを明確にした。その後、国際秩序のタガは外れ、ロシアのウクライナ侵攻、中東情勢の不安定化など、国際情勢が大きく変化し、また、中国の海洋進出、北朝鮮のミサイルや核開発の問題など、日本を取り巻く環境は、日に日に激しさを増している。それに輪をかけて、中国、韓国から南京大虐殺、慰安婦問題など歴史戦における「情報戦」は世界において日本は敗北を期し、しかも主戦場は米国、欧州へと変わりつつある。
日本国内においては、9月19日、安全保障関連法案が可決され、これにより、日本の安全保障体制は歴史的な転換点を迎え、日本国周辺の安全保障環境の急変に対応するための防衛力は大幅に強化されていくこととなる。しかし、一方において、反日マスコミによる日本を貶める報道が後を絶たない。また、安保関連法案を「戦争法案」と決めつけ、「徴兵制復活」「戦争に巻き込まれる」と主張する反日政治勢力やメディアの偏った報道に惑わされ、そして、その報道を真に受け、反日勢力が主催するデモに参加する主婦や若者が多く見受けられた。次代を担う若者が事実を直視せず、偏った報道に感化され、それが正しいと思い込む。日本の将来はどうなってしまうのだろうとさえ感じる出来事であった。
今年(2015年)4月に日米ガイドラインが改訂された。そして、安倍晋三首相の4月末訪米に際し、日米首脳会談、公式晩餐会、連邦議会上下両院合同議会での演説に臨み、戦後から脱却する大きな一歩を踏み出した。
日米ガイドライン改訂について、月刊正論平成27(2015)年8月号に「日本よ、軍備大蔵経の決断を~米軍再編の真実」と題して、元陸上自衛隊西部方面総督・用田和仁氏が論文を寄稿しているので、その一部を抜粋する。
「日本の新ガイドラインの中には、日本が『防衛戦略を主体的に実施』し、米軍は『自衛隊の作戦を支援し、補完』するとの文言が繰り返しでてくる。ここに重大な意味がある。日本を日本が主体となって実施することは至極当然だが、この文脈は従来の延長戦での防衛の概念とは異なっている。(中略)結論から言えば、米軍の大変革によって、日本は核を除き、ほとんど自らの力で国土を防衛しなければならない事態に至っている。」
また、W・ブルース・ワインロッド元米国防次官補代理は平成27(2015)年9月19日付産経新聞に安保関連法案が必要かつ適切であると、以下の論文を寄稿している。
安全保障関連法は、日本が多国間安保でより積極的な役割を担うとともに、日米同盟を強固にすることを意味する。日本の安全と、地域の平和と安定を確保できる見通しも高まる。この法律に基づいて日本が国際安保政策を進めることが必要かつ適切とされるのは、以下のような理由からだ。
第1に、地域の安全保障上の脅威が一段と深刻化したためだ。最も直接的な課題は、南シナ海の広大な範囲の管轄権を主張し、国防費を大幅に増やし、軍事力を着実かつ著しく増強させている中国だ。
北朝鮮も大きな脅威だ。北朝鮮は弾道ミサイルと核兵器を保有し、孤立し不安定な好戦的指導体制によって統治されている。
第2は、テロに関連する脅威の存在だ。イランのような過激国家や、非国家的主体は、穏健な政府を弱体化させ、過激主義的で反民主的な思想を拡散させるためにテロを用いている。中東の不安定化は、エネルギー供給をめぐる日本の安保上の核心的な利益にも悪影響を及ぼしかねない。
第3に、新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)は、近年の日本の安保政策と合致しており、何らの飛躍的な変化を示すものではない。日本はこれまで、協調的な安全保障活動を地域だけでなく地球規模で進めてきた。新ガイドラインは、現行の取り組みが合理的かつ妥当に進化したに過ぎない。
第4に、新たな法律により、日本の安保政策は引き続き多国間主義的で防衛的な性格を保ち続けるのは明白だ。日本は他の民主国家との地域的かつ世界的な安全保障関係の中で、国際安全保障に関する日本の多国間主義的な取り組みを強化してきた。
第5に、日本の民主的な政治制度は、日本の安全保障上の役割増大を容認されやすくしている。日本は今や成熟した民主国家で、その影響力と資源を駆使して、各地で民主的な制度と慣行の発展を促している。
第6に、日本が米国の共同防衛への取り組みを支える責任と意志を強めたことは、日本を軍事攻撃から守ると誓約している米国から大いに歓迎されている。
最後に、日本が同盟国との協調の下、防衛的な安全保障上の役割を積極的に果たそうとするほど地域の平和と安定がもたらされ、日本の安全を確保できる公算が大きくなる。歴史が示すところでは、民主国家間の強固な同盟関係は潜在的な侵略国を抑止し、紛争が起きる可能性を減らす。
安保関連法によって、日本はミサイル防衛協力を含む、さまざまな種類の防衛的な国際安保協力を米国と実施することができるようになる。日本はまた、民主国家による地球規模の安保ネットワークへと進化しようとしている北大西洋条約機構(NATO)との関係をさらに強化できる。豪州やインド、フィリピン、韓国といった他のアジアの民主諸国とも安保関連の活動を強化できる。
集団的自衛権は、国連憲章51条で正当な権利と認められている。ただ、日本が集団的自衛権を認めることは、米国では懸念よりも歓迎をもって受け止められるはずだ。日本は民主国家を主導する立場にあり、国際安全保障上、一貫して責任感を持ち防衛的な振る舞いを示してきたからだ。
安倍晋三首相は、自身が述べた通り、「国際協調主義に基づく積極平和主義」をもたらすため、自国と同盟国を守る能力の強化に果断に取り組んできた。安倍首相の姿勢は、アジア太平洋地域の安定を過去数十年にわたって決定づけてきた日米同盟の強化につながる。安倍首相は、かつてのレーガン大統領のように、変革をもたらす先見の明を備えた指導者といってよいだろう。
日本の安全保障政策は新たな一歩を踏み出すこととなった。しかし、今回のこの安保関連法案に対するデモなどの騒動を見て、国を護ることに関して国民は如何に他人事のように考えている人が多いか。また、「平和主義=非武装」と考える国家は他の国を見ても日本以外、ない。
しかし、いくら集団的自衛権が行使できるとはいえ、今の憲法解釈には無理があり、諸外国の脅威に対抗できる、現実に即した憲法改正は必要不可欠である。そもそも、日本国憲法はGHQの押しつけ憲法であり、自虐史観、社会主義思想が蔓延した憲法である。吉田茂は1953年の暮れ、党内に出来た憲法調査会の会長に岸信介を起用し、このとき、岸は吉田から朝鮮戦争が勃発した際に、マッカーサー司令官に超法規的権限で憲法を改正すべきとのことを打診していたと聞かされている。「マッカーサーも、改正すべきだといっていた」と、司令官も同意したと吉田が述べていたという(岸信介証言録)。しかし、岸信介は総理大臣就任後、安保改定のあとに憲法改正に意欲を燃やしていたが、ついには達しえなかった。岸信介の志を継ぐ安倍晋三政権下において実現が無ければ、憲法改正は遠い。現在、日本会議を始め、憲法改正に向けた民間レベルでの動きが活発化されている。
憲法改正へ向けて、前文と9条修正は不可欠であるのはもちろんのこと、私は以下の事柄について、明確な規定を記すべきだと考える。
天皇は元首である=「我が国の安泰と国民の平安を祈り続けてきた永続的な存在」
国防の定義が必要=「国の独立と安全を守り、国民を保護するとともに、国際平和に寄与するため、軍を保持する必要がある」
自衛隊既定の必要性―自衛隊は国軍である
緊急事態規定―外部からの武力攻撃、内乱、大規模テロ、大規模自然災害、重大なサイバー攻撃など
法整備、いわゆるハード部分が確立しても、日本国民に「国を護る」という意識が欠落し、他人事で考えているようでは本当の意味での「日本を護る」ことにはならない。そのためには、毒された戦後教育にメスを入れ、崩壊した日本人の精神、道徳を修復し、日本人として祖国を護る気概を持つことが必要かと考える。
日本は紀元前660年より天皇を中心とした国体、脈々と受け継がれてきた日本人の精神、伝統、文化など時代の変遷とともに、変化に応じて対応し、護持し続けてきた。そして、明治維新後、日本は開国し、植民地化をもくろむ世界列強各国に真っ向立ち向かった明治の志士たちは、この日本の国体を護るため、日清、日露、第一次世界大戦、そして大東亜戦争を戦い抜いてきたのである。しかし、戦後、GHQによる日本洗脳工作「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」、いわゆる「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」が日本人の気概を消失させ、精神も崩壊しているのが今日の状態である。その毒は、今でも効き目を発揮し、ますます毒性が強まっている、現在進行中の話で、政、財、官、司法、教育その他言論界の多くの日本人の思考を今も縛りつけている。そして、その宣伝計画は、今も形を変えて生き続けている。
文芸評論家の江藤淳は著書『閉された言語空間』の中で次のように書いている。
「いったんこの(GHQの)検閲と宣伝計画の構造が、日本の言論機関と教育体制に定着され、維持されるようになれば、(中略)日本人のアイデンティティと歴史への信頼は、いつまでも内部崩壊を続け、また同時にいつ何時でも国際的検閲の脅威に曝され得る」。我々は日本人の精神を空洞化したWGIPの呪縛から解き放たれなければならない。
平成27(2015)年8月14日、安倍晋三首相は戦後70年の談話を発表した。その中でも、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければならない。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」(安倍談話引用)の部分は同感である。同じ過ちを犯してはならないことは当然であるし、誰もが好き好んで戦争をしたわけではない。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、大東亜戦争を戦い、戦陣に散った方々の心は幾ばくであろうか。
昭和26(1951)年5月、アメリカ上院の軍事外交合同委員会で、ダグラス・マッカーサーは「彼らが戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだったのです」。いわゆる、日本の戦争は自尊自衛の戦争であったと証言している。しかし、戦後教育では「あの戦争」は悪であると教えられ、先人の思いに接することが遠くなっていた。
現実や事実を直視せず、デモへと向かう若者たちを教育する制度は一体どうなっているのか。歴史教科書問題、教師の質の低下、また、共働きが増え、母子家庭が増えた中での家庭教育等、問題は積算しており、今一度、日本人を形成する教育問題を考え直す必要がある。そして、私たちは戦前の教育で、良いところを改めて見出し、そして、日本人の気概、祖国を護るという精神を確立しなければ、いくら法が整備されても、本当の意味での日本を護るということはできないと考える。そのために、以下の考え方を日本人の根源におくべきであると考える。
①「武士道」精神
1.「武士道の渕源」より~「武士道は『論語読みの論語知らず』的種類の知識を軽んじ、知識それ自体を求むべきで無く叡知獲得の手段として求むべきとし実践窮行、知行合一を重視した」
2.「義」より~「義は武士の掟の中で最も厳格なる教訓である。武士にとりて卑劣なる行動、曲がりたる振舞程忌むべきものはない」
3.「勇、敢爲(かんい)堅忍(けんにん)の精神」より~「勇気は義の為に行われるのでなければ、徳の中に数えられるに殆ど値しない。孔子曰く『義を見てなさざるは勇なきなり』と」
4.「仁、即惻隠(そくいん)の心」より~「弱者、劣者、敗者に対する仁は、特に武士に適しき徳として賞賛せられた」
5.「礼」より~「作法の慇懃(いんぎん)鄭重(ていちょう)は、日本人の著しき特性にして、他人の感情に対する同情的思い遣(や)りの外に表れた者である。それは又、正当なる事物に対する正当なる尊敬を、従って、社会的地位に対する正当なる尊敬を意味する」
6.「誠」より~「信実と誠実となくしては、礼儀は茶番であり芝居である。…『武士の一言』と言えば、その言の真実性に対する十分なる保障であった。『武士に二言はなし』二言、即ち二枚舌をば、死によって償いたる多くの物語が伝わっている」
7.「名誉」より~「名誉の感覚は、人格の尊厳ならびに価値の明白なる自覚を含む。… 廉恥(れんち)心(心が清らかで、恥を知る心が強いこと)は、少年の教育において、養成せられるべき最初の徳の一つであった。『笑われるぞ』『体面を汚すぞ』『恥づかしくないのか』等は非を犯せる少年に対して正しき行動を促す為の最後の訴えであった」
8.「忠義」より~「シナでは、儒教が親に対する服従を以って、人間第一の義務となしたのに対し日本では、忠が第一に置かれた」
9.「武士の教育及び訓練」より~「武士の教育に於いて守るべき第一の点は、品性を建つるにあり。思慮、知識、弁論等、知的才能は重んぜられなかった。武士道の骨組みを支えた鼎足は、知・仁・勇であると称せられた」
10.「克己」より~「克己の理想とする処は、心を平らかならしむるにあり」
②教育勅語
1.親に孝養をつくしましょう(孝行)
2.兄弟・姉妹は仲良くしましょう(友愛)
3.夫婦はいつも仲むつまじくしましょう(夫婦の和)
4.友だちはお互いに信じあって付き合いましょう(朋友の信)
5.自分の言動をつつしみましょう(謙遜)
6.広く全ての人に愛の手をさしのべましょう(博愛)
7.勉学に励み職業を身につけましょう(修業習学)
8.知識を養い才能を伸ばしましょう(知能啓発)
9.人格の向上につとめましょう(徳器成就)
10.広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう(公益世務)
11.法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう(遵法)
12.正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう(義勇)
「人を平気で貶める」「殺生の意義がわからない」「親をないがしろにする」「人間関係が図れない」「自分勝手」「相手を思いやる気持ちがない」「モンスターペアレンツ」などなど・・・。戦後、日本は豊かになった。しかし、大切な何かが忘れ去られているように感じる。今の日本人に足りない、そして、戦後教育で忘れ去られたものが、この「武士道」「教育勅語」にある。先人たちの古きよき教えを学び直し、後世に伝え続ける。そして、日本人の心を取り戻し、気概が生まれ、精神が確立されてこそ、日本を護ることができると考える。
最後に平成27(2015)年4月に発行した別冊正論21号「沈黙は金ならず!反撃する日本」で上島嘉郎別冊正論編集長(当時)が記した文言を持って結びの言葉としたい。
「後世の日本人を信じて命を捧げてくれた人たち、その献身が今の日本をつくっている。日本は現在生きている私たちだけのものではない。過去と未来の日本人のものでもある。現在の私たちの過怠や不作為によって、先祖の名誉を不当に損なわれたままでよいか。子孫に要らざる負い目を負わせてもよいか。
故江藤淳氏の次の言葉を、日本人として噛み締めたい。
『死者の魂と生者の魂との行き交わいがあって、初めて日本という国土、文化、伝統が成立している。それこそ日本のConstitutionである。つまり、死者のことを考えなくなってしまえば、日本の文化は滅びてしまう』、『ソポクレース以来、自国の戦死者を、威儀を正して最高の儀礼を以て追悼することを禁じられた国民が、この地上のどこにあっただろうか。国人よ、誰に謝罪するより前にこのことを嘆け。そして、決するな』
昨年(2013年)12月の安倍晋三総理の靖国参拝以後、日本は世界中から非難されているかのように見える。同盟国アメリカですら『失望』を表明したのではないかと、日頃の反米姿勢はどこへやらの新聞もある。
だが、日本国民は動揺してはならない。日本を封じ込めようとする動きの背後を見極め、同時に根拠なき非難には毅然と反論する。いま求められているのは、賢明で、『強い国民』になることだ。やがては散る桜として、そのつとめを果たそうと考える日本人に向けて本書を編んだ。」
「強い日本人」になるべく、そして、「日本国を護る」べく、ハード面の法整備とソフト面の日本人としての気概、精神を確立し、安全保障環境の強化と人材の育成に費やすことが大切である。
菅首相が突然の辞任を表明した。ワクチン対策や、特に安全保障対応には格別の成果をもたらした。心からお疲れ様と申し上げたい。しかし、我が国を取り巻く安全保障環境は、明治以来の危機であると私は思っている。アフガニスタン情勢における米国の態度は、日本にとってみると「明日は我が身」。自国の安全は自国で確率するしかない。中国の台湾、尖閣奪取は北京五輪後であるとの予測もある。よって、次回の衆議院選挙で、国家観が欠如している立憲民主党が政権を取るという悪夢は絶対に避けるべきであると私は強く申し上げる。
題は「日本の安全保障と次代を担う人材育成~国を護るとは、日本人の気概とは~」。
今とは環境が異なる点もあるが、当時の浅はかな知識で書いた論文である。
ご指摘も含め、色々とご意見をいただきたいと思い、恥を忍んで掲載した。
長文ではあるが、お付き合いいただけたら幸いである。
(以下)
大東亜戦争以降、自由主義諸国と共産主義諸国との冷戦対峙、中近東情勢への関与など、世界秩序は米国を中心に築き上げられてきた。「強いアメリカ」であったからこそ、世界の秩序はある程度護られてきたといっても過言ではない。しかし、平成25年(2013)年9月、オバマ米大統領はシリア問題に関する9月10日のテレビ演説で、「米国は世界の警察官ではないとの考えに同意する」と述べ、米国の歴代政権が担ってきた世界の安全保障に責任を負う役割は担わない考えを明確にした。その後、国際秩序のタガは外れ、ロシアのウクライナ侵攻、中東情勢の不安定化など、国際情勢が大きく変化し、また、中国の海洋進出、北朝鮮のミサイルや核開発の問題など、日本を取り巻く環境は、日に日に激しさを増している。それに輪をかけて、中国、韓国から南京大虐殺、慰安婦問題など歴史戦における「情報戦」は世界において日本は敗北を期し、しかも主戦場は米国、欧州へと変わりつつある。
日本国内においては、9月19日、安全保障関連法案が可決され、これにより、日本の安全保障体制は歴史的な転換点を迎え、日本国周辺の安全保障環境の急変に対応するための防衛力は大幅に強化されていくこととなる。しかし、一方において、反日マスコミによる日本を貶める報道が後を絶たない。また、安保関連法案を「戦争法案」と決めつけ、「徴兵制復活」「戦争に巻き込まれる」と主張する反日政治勢力やメディアの偏った報道に惑わされ、そして、その報道を真に受け、反日勢力が主催するデモに参加する主婦や若者が多く見受けられた。次代を担う若者が事実を直視せず、偏った報道に感化され、それが正しいと思い込む。日本の将来はどうなってしまうのだろうとさえ感じる出来事であった。
今年(2015年)4月に日米ガイドラインが改訂された。そして、安倍晋三首相の4月末訪米に際し、日米首脳会談、公式晩餐会、連邦議会上下両院合同議会での演説に臨み、戦後から脱却する大きな一歩を踏み出した。
日米ガイドライン改訂について、月刊正論平成27(2015)年8月号に「日本よ、軍備大蔵経の決断を~米軍再編の真実」と題して、元陸上自衛隊西部方面総督・用田和仁氏が論文を寄稿しているので、その一部を抜粋する。
「日本の新ガイドラインの中には、日本が『防衛戦略を主体的に実施』し、米軍は『自衛隊の作戦を支援し、補完』するとの文言が繰り返しでてくる。ここに重大な意味がある。日本を日本が主体となって実施することは至極当然だが、この文脈は従来の延長戦での防衛の概念とは異なっている。(中略)結論から言えば、米軍の大変革によって、日本は核を除き、ほとんど自らの力で国土を防衛しなければならない事態に至っている。」
また、W・ブルース・ワインロッド元米国防次官補代理は平成27(2015)年9月19日付産経新聞に安保関連法案が必要かつ適切であると、以下の論文を寄稿している。
安全保障関連法は、日本が多国間安保でより積極的な役割を担うとともに、日米同盟を強固にすることを意味する。日本の安全と、地域の平和と安定を確保できる見通しも高まる。この法律に基づいて日本が国際安保政策を進めることが必要かつ適切とされるのは、以下のような理由からだ。
第1に、地域の安全保障上の脅威が一段と深刻化したためだ。最も直接的な課題は、南シナ海の広大な範囲の管轄権を主張し、国防費を大幅に増やし、軍事力を着実かつ著しく増強させている中国だ。
北朝鮮も大きな脅威だ。北朝鮮は弾道ミサイルと核兵器を保有し、孤立し不安定な好戦的指導体制によって統治されている。
第2は、テロに関連する脅威の存在だ。イランのような過激国家や、非国家的主体は、穏健な政府を弱体化させ、過激主義的で反民主的な思想を拡散させるためにテロを用いている。中東の不安定化は、エネルギー供給をめぐる日本の安保上の核心的な利益にも悪影響を及ぼしかねない。
第3に、新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)は、近年の日本の安保政策と合致しており、何らの飛躍的な変化を示すものではない。日本はこれまで、協調的な安全保障活動を地域だけでなく地球規模で進めてきた。新ガイドラインは、現行の取り組みが合理的かつ妥当に進化したに過ぎない。
第4に、新たな法律により、日本の安保政策は引き続き多国間主義的で防衛的な性格を保ち続けるのは明白だ。日本は他の民主国家との地域的かつ世界的な安全保障関係の中で、国際安全保障に関する日本の多国間主義的な取り組みを強化してきた。
第5に、日本の民主的な政治制度は、日本の安全保障上の役割増大を容認されやすくしている。日本は今や成熟した民主国家で、その影響力と資源を駆使して、各地で民主的な制度と慣行の発展を促している。
第6に、日本が米国の共同防衛への取り組みを支える責任と意志を強めたことは、日本を軍事攻撃から守ると誓約している米国から大いに歓迎されている。
最後に、日本が同盟国との協調の下、防衛的な安全保障上の役割を積極的に果たそうとするほど地域の平和と安定がもたらされ、日本の安全を確保できる公算が大きくなる。歴史が示すところでは、民主国家間の強固な同盟関係は潜在的な侵略国を抑止し、紛争が起きる可能性を減らす。
安保関連法によって、日本はミサイル防衛協力を含む、さまざまな種類の防衛的な国際安保協力を米国と実施することができるようになる。日本はまた、民主国家による地球規模の安保ネットワークへと進化しようとしている北大西洋条約機構(NATO)との関係をさらに強化できる。豪州やインド、フィリピン、韓国といった他のアジアの民主諸国とも安保関連の活動を強化できる。
集団的自衛権は、国連憲章51条で正当な権利と認められている。ただ、日本が集団的自衛権を認めることは、米国では懸念よりも歓迎をもって受け止められるはずだ。日本は民主国家を主導する立場にあり、国際安全保障上、一貫して責任感を持ち防衛的な振る舞いを示してきたからだ。
安倍晋三首相は、自身が述べた通り、「国際協調主義に基づく積極平和主義」をもたらすため、自国と同盟国を守る能力の強化に果断に取り組んできた。安倍首相の姿勢は、アジア太平洋地域の安定を過去数十年にわたって決定づけてきた日米同盟の強化につながる。安倍首相は、かつてのレーガン大統領のように、変革をもたらす先見の明を備えた指導者といってよいだろう。
日本の安全保障政策は新たな一歩を踏み出すこととなった。しかし、今回のこの安保関連法案に対するデモなどの騒動を見て、国を護ることに関して国民は如何に他人事のように考えている人が多いか。また、「平和主義=非武装」と考える国家は他の国を見ても日本以外、ない。
しかし、いくら集団的自衛権が行使できるとはいえ、今の憲法解釈には無理があり、諸外国の脅威に対抗できる、現実に即した憲法改正は必要不可欠である。そもそも、日本国憲法はGHQの押しつけ憲法であり、自虐史観、社会主義思想が蔓延した憲法である。吉田茂は1953年の暮れ、党内に出来た憲法調査会の会長に岸信介を起用し、このとき、岸は吉田から朝鮮戦争が勃発した際に、マッカーサー司令官に超法規的権限で憲法を改正すべきとのことを打診していたと聞かされている。「マッカーサーも、改正すべきだといっていた」と、司令官も同意したと吉田が述べていたという(岸信介証言録)。しかし、岸信介は総理大臣就任後、安保改定のあとに憲法改正に意欲を燃やしていたが、ついには達しえなかった。岸信介の志を継ぐ安倍晋三政権下において実現が無ければ、憲法改正は遠い。現在、日本会議を始め、憲法改正に向けた民間レベルでの動きが活発化されている。
憲法改正へ向けて、前文と9条修正は不可欠であるのはもちろんのこと、私は以下の事柄について、明確な規定を記すべきだと考える。
天皇は元首である=「我が国の安泰と国民の平安を祈り続けてきた永続的な存在」
国防の定義が必要=「国の独立と安全を守り、国民を保護するとともに、国際平和に寄与するため、軍を保持する必要がある」
自衛隊既定の必要性―自衛隊は国軍である
緊急事態規定―外部からの武力攻撃、内乱、大規模テロ、大規模自然災害、重大なサイバー攻撃など
法整備、いわゆるハード部分が確立しても、日本国民に「国を護る」という意識が欠落し、他人事で考えているようでは本当の意味での「日本を護る」ことにはならない。そのためには、毒された戦後教育にメスを入れ、崩壊した日本人の精神、道徳を修復し、日本人として祖国を護る気概を持つことが必要かと考える。
日本は紀元前660年より天皇を中心とした国体、脈々と受け継がれてきた日本人の精神、伝統、文化など時代の変遷とともに、変化に応じて対応し、護持し続けてきた。そして、明治維新後、日本は開国し、植民地化をもくろむ世界列強各国に真っ向立ち向かった明治の志士たちは、この日本の国体を護るため、日清、日露、第一次世界大戦、そして大東亜戦争を戦い抜いてきたのである。しかし、戦後、GHQによる日本洗脳工作「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」、いわゆる「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」が日本人の気概を消失させ、精神も崩壊しているのが今日の状態である。その毒は、今でも効き目を発揮し、ますます毒性が強まっている、現在進行中の話で、政、財、官、司法、教育その他言論界の多くの日本人の思考を今も縛りつけている。そして、その宣伝計画は、今も形を変えて生き続けている。
文芸評論家の江藤淳は著書『閉された言語空間』の中で次のように書いている。
「いったんこの(GHQの)検閲と宣伝計画の構造が、日本の言論機関と教育体制に定着され、維持されるようになれば、(中略)日本人のアイデンティティと歴史への信頼は、いつまでも内部崩壊を続け、また同時にいつ何時でも国際的検閲の脅威に曝され得る」。我々は日本人の精神を空洞化したWGIPの呪縛から解き放たれなければならない。
平成27(2015)年8月14日、安倍晋三首相は戦後70年の談話を発表した。その中でも、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければならない。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」(安倍談話引用)の部分は同感である。同じ過ちを犯してはならないことは当然であるし、誰もが好き好んで戦争をしたわけではない。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、大東亜戦争を戦い、戦陣に散った方々の心は幾ばくであろうか。
昭和26(1951)年5月、アメリカ上院の軍事外交合同委員会で、ダグラス・マッカーサーは「彼らが戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだったのです」。いわゆる、日本の戦争は自尊自衛の戦争であったと証言している。しかし、戦後教育では「あの戦争」は悪であると教えられ、先人の思いに接することが遠くなっていた。
現実や事実を直視せず、デモへと向かう若者たちを教育する制度は一体どうなっているのか。歴史教科書問題、教師の質の低下、また、共働きが増え、母子家庭が増えた中での家庭教育等、問題は積算しており、今一度、日本人を形成する教育問題を考え直す必要がある。そして、私たちは戦前の教育で、良いところを改めて見出し、そして、日本人の気概、祖国を護るという精神を確立しなければ、いくら法が整備されても、本当の意味での日本を護るということはできないと考える。そのために、以下の考え方を日本人の根源におくべきであると考える。
①「武士道」精神
1.「武士道の渕源」より~「武士道は『論語読みの論語知らず』的種類の知識を軽んじ、知識それ自体を求むべきで無く叡知獲得の手段として求むべきとし実践窮行、知行合一を重視した」
2.「義」より~「義は武士の掟の中で最も厳格なる教訓である。武士にとりて卑劣なる行動、曲がりたる振舞程忌むべきものはない」
3.「勇、敢爲(かんい)堅忍(けんにん)の精神」より~「勇気は義の為に行われるのでなければ、徳の中に数えられるに殆ど値しない。孔子曰く『義を見てなさざるは勇なきなり』と」
4.「仁、即惻隠(そくいん)の心」より~「弱者、劣者、敗者に対する仁は、特に武士に適しき徳として賞賛せられた」
5.「礼」より~「作法の慇懃(いんぎん)鄭重(ていちょう)は、日本人の著しき特性にして、他人の感情に対する同情的思い遣(や)りの外に表れた者である。それは又、正当なる事物に対する正当なる尊敬を、従って、社会的地位に対する正当なる尊敬を意味する」
6.「誠」より~「信実と誠実となくしては、礼儀は茶番であり芝居である。…『武士の一言』と言えば、その言の真実性に対する十分なる保障であった。『武士に二言はなし』二言、即ち二枚舌をば、死によって償いたる多くの物語が伝わっている」
7.「名誉」より~「名誉の感覚は、人格の尊厳ならびに価値の明白なる自覚を含む。… 廉恥(れんち)心(心が清らかで、恥を知る心が強いこと)は、少年の教育において、養成せられるべき最初の徳の一つであった。『笑われるぞ』『体面を汚すぞ』『恥づかしくないのか』等は非を犯せる少年に対して正しき行動を促す為の最後の訴えであった」
8.「忠義」より~「シナでは、儒教が親に対する服従を以って、人間第一の義務となしたのに対し日本では、忠が第一に置かれた」
9.「武士の教育及び訓練」より~「武士の教育に於いて守るべき第一の点は、品性を建つるにあり。思慮、知識、弁論等、知的才能は重んぜられなかった。武士道の骨組みを支えた鼎足は、知・仁・勇であると称せられた」
10.「克己」より~「克己の理想とする処は、心を平らかならしむるにあり」
②教育勅語
1.親に孝養をつくしましょう(孝行)
2.兄弟・姉妹は仲良くしましょう(友愛)
3.夫婦はいつも仲むつまじくしましょう(夫婦の和)
4.友だちはお互いに信じあって付き合いましょう(朋友の信)
5.自分の言動をつつしみましょう(謙遜)
6.広く全ての人に愛の手をさしのべましょう(博愛)
7.勉学に励み職業を身につけましょう(修業習学)
8.知識を養い才能を伸ばしましょう(知能啓発)
9.人格の向上につとめましょう(徳器成就)
10.広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう(公益世務)
11.法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう(遵法)
12.正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう(義勇)
「人を平気で貶める」「殺生の意義がわからない」「親をないがしろにする」「人間関係が図れない」「自分勝手」「相手を思いやる気持ちがない」「モンスターペアレンツ」などなど・・・。戦後、日本は豊かになった。しかし、大切な何かが忘れ去られているように感じる。今の日本人に足りない、そして、戦後教育で忘れ去られたものが、この「武士道」「教育勅語」にある。先人たちの古きよき教えを学び直し、後世に伝え続ける。そして、日本人の心を取り戻し、気概が生まれ、精神が確立されてこそ、日本を護ることができると考える。
最後に平成27(2015)年4月に発行した別冊正論21号「沈黙は金ならず!反撃する日本」で上島嘉郎別冊正論編集長(当時)が記した文言を持って結びの言葉としたい。
「後世の日本人を信じて命を捧げてくれた人たち、その献身が今の日本をつくっている。日本は現在生きている私たちだけのものではない。過去と未来の日本人のものでもある。現在の私たちの過怠や不作為によって、先祖の名誉を不当に損なわれたままでよいか。子孫に要らざる負い目を負わせてもよいか。
故江藤淳氏の次の言葉を、日本人として噛み締めたい。
『死者の魂と生者の魂との行き交わいがあって、初めて日本という国土、文化、伝統が成立している。それこそ日本のConstitutionである。つまり、死者のことを考えなくなってしまえば、日本の文化は滅びてしまう』、『ソポクレース以来、自国の戦死者を、威儀を正して最高の儀礼を以て追悼することを禁じられた国民が、この地上のどこにあっただろうか。国人よ、誰に謝罪するより前にこのことを嘆け。そして、決するな』
昨年(2013年)12月の安倍晋三総理の靖国参拝以後、日本は世界中から非難されているかのように見える。同盟国アメリカですら『失望』を表明したのではないかと、日頃の反米姿勢はどこへやらの新聞もある。
だが、日本国民は動揺してはならない。日本を封じ込めようとする動きの背後を見極め、同時に根拠なき非難には毅然と反論する。いま求められているのは、賢明で、『強い国民』になることだ。やがては散る桜として、そのつとめを果たそうと考える日本人に向けて本書を編んだ。」
「強い日本人」になるべく、そして、「日本国を護る」べく、ハード面の法整備とソフト面の日本人としての気概、精神を確立し、安全保障環境の強化と人材の育成に費やすことが大切である。
菅首相が突然の辞任を表明した。ワクチン対策や、特に安全保障対応には格別の成果をもたらした。心からお疲れ様と申し上げたい。しかし、我が国を取り巻く安全保障環境は、明治以来の危機であると私は思っている。アフガニスタン情勢における米国の態度は、日本にとってみると「明日は我が身」。自国の安全は自国で確率するしかない。中国の台湾、尖閣奪取は北京五輪後であるとの予測もある。よって、次回の衆議院選挙で、国家観が欠如している立憲民主党が政権を取るという悪夢は絶対に避けるべきであると私は強く申し上げる。
戦後76年目にして思う
2021.08.03
早いものでもう8月。1年の2/3を迎えた。
連日、東京五輪の日本人選手の活躍に、興奮の毎日という読者も少なくないだろう。そして、それとは関係なく、今年も日本にとっての「敗戦の日」を迎える。
8月15日を「終戦記念日」とマスコミはこぞって報道するが、私は「敗戦の日」と言っている。日本にとって大東亜戦争に負けた屈辱の日であって、「記念日」と呼ぶのは遺憾であるためだ。
この時期になると、マスコミはこぞって靖國神社への公式参拝問題を取り上げる。「公人としてですか?私人としてですか?」と閣僚他国会議員が参拝するとそう質問し、そして左翼勢力は中韓両国の反発を取り上げ糾弾する。それこそ、宗教を否定し、信仰を禁じている中国共産党とは、まして神道について話し合う性質のものではなく、国の主権と誇りを堅持して毅然として対応すべきものであるにも関わらず、政府は「遺憾砲」を唱えるだけ。毎年のことであるため、うんざりする。
靖國神社参拝問題を論じるに、よく、戦争戦犯である「いわゆるA級戦犯」が祀られているから問題だという者がいるが、「いわゆるA級戦犯」は東京裁判史観に基づく名称であって、国際法上、問題視される大東亜戦争戦勝国が付けた呼称である。「東京裁判史観」に毒された左翼勢力の言い分であって、「A級」とか「B・C級」とか関係ない。歴史は今の価値観で物事を見るのではなく、その当時の目線に落とし込んで見なければ、正しい解釈などできるはずもない。問題ある東京裁判史観による戦勝国の価値観で歴史を見るものでもない。
靖國神社は東京招魂社の名称で、明治天皇のご発意により明治2年(1869)年6月29日に創建された。明治12年に現在の名称となった。幕末の戊辰戦争以降、国のために戦死した246万余柱の霊が祀られており、うち、213万人が大東亜戦争の死者の霊だ。明治天皇は明治7年1月27日、初めて東京招魂社へ行幸され、「我国の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉垣」という御製を詠まれている。国のために尽くした人々の御霊は、国が末永くお祀りすべきであるというのが明治天皇のご意向であったかと思う。しかし、この思いとは裏腹に、8月15日になると、マスコミは「国会議員が靖國神社を参拝しました」と穿った報道を行う。今日の平和があるのは、先の大戦で戦ってくれた先人のおかげであるのに。その先人を敬い、参拝することが、どうしていけないことなのか。不思議でならない。そして、筆者はこれらの報道を毎年、「アホか」と思ってみている。
歴代首相のほとんどが8月15日に、靖國神社に参拝してきたが、昭和60(1985)年8月15日の中曽根康弘首相参拝以降、「敗戦の日」の参拝は途絶えたままである。櫻井よしこ氏は、『異形の大国 中国』で、以下の通り記している。
「ここで想い出すのは中曽根康弘氏だ。氏は首相在任時の85年、靖國神社公式参拝を中国に非難され、翌年から参拝を止めた。氏はその理由を、胡耀邦党総書記の失脚を避けるためと説明した。良好な日中関係を築こうとした胡総書記の足を引っ張らないために、胡批判の材料とされかねない日本国首相の靖国神社参拝は中止するのがよいと、中曽根氏は決断したというのだ。だが、権力争いにおいて政敵を葬り去る口実など、山程作り出せるものだ。中曽根氏の配慮などなんの役にも立たず、胡総書記は失脚、そして中国は今日に至るまで靖国カードを握るに至った。中曽根氏は明らかに判断を間違えたのである。そして今もその間違いの延長線上に立ち、靖國に代わる施設を建立せよと説く。政治家が自国の国益を二の次にして他国の国内政治の片方の勢力に力を貸した結果がこれである」と。
中曽根首相は悪しき前例を作り出した張本人であるといっても過言でない。この行為が、中韓両国の日本批判を助長させた引き金であった。
私自身、毎年8月に「靖國神社昇殿参拝、遊就館見学」イベントを個人で開催している。もし、自分の先祖が過去の戦争で亡くなっていたならば、今ここに自分は存在していない。今ここに存在しているのは、自分の先祖の代わりに命を捧げて戦ってくれた先人のお陰様である。自分の祖父も大東亜戦争で満州の最前線で戦った一人である。祖父が生き長らえたからこそ今、自分は存在する。自分の先祖を供養することはもちろんだが、それ以上に先人に感謝することはとても大切なことであると考えている。先祖のお陰様で「日本人としての私が存在し、日本という国がある」のと思うからだ。これらを実感し、歴史は先祖がつくった日本という国の「国づくり」の歩みであり、私達は先人の尊い、膨大な数の「命のバトン」を受け継いで、今ここに生きていることを認識すべきだと考える。
そのような思いから、本イベントを平成28年から実施している。国のために尊い命をささげた先祖を弔い、心から平和を祈る戦没者慰霊の中心施設である靖國神社に昇殿参拝し、英霊に感謝をして、そして遊就館を見学することによって今日の学校教育とは違った視点から歴史を学ぶことを目的に今年も8月21日(土)に実施する。そして、靖國神社職員による「英霊と沖縄戦」と題した講演をしていただくこととしている。プロパガンダに毒された沖縄の歴史ではなく、また違った角度で語る歴史の真実を聞くことができる。
今日の平和があるのは先の大戦で戦ったくれた英霊のお陰様。その英霊に感謝の気持ちを述べない国会議員に疑問を感じるのは私だけであろうか。
ここで、以下を紹介したい。
謹啓
初春の候と相成り、その後、御両親様には、お変りなくお暮しのことと思います。
お父さん、お母さん、喜んで下さい。
祖国日本興亡のとき、茂も待望の大命を拝しました。
心身ともに健康で、任務につく日を楽しみに、日本男児と、大橋家に、父と母の子供と生まれた喜びを胸に抱いて、後に続く生き残った青年が、戦争のない平和で、豊かな、世界から尊敬される、立派な、文化国家を再建してくれる事を信じて、茂は、たくましく死んで行きます。
男に生まれた以上は、立派な死に場所を得て大空の御盾となり、好きな飛行機を、我が墓標と散る覚悟であります。
親より先に死んで、親孝行出来ない事をお許し下さい。
お父さん、お母さん、長生きして下さい。
お世話になった皆様方に、宜しくお伝え下さい。
この便りが最後になります。
昭和二十年三月二十四日 遠き台湾の特攻基地より 茂
父上様 母上様
身はたとえ 南の空で果つるとも とどめおかまし 神鷲の道
大命を拝して十八歳 茂
これは、18歳で台湾から特攻で出撃していった大橋茂命がご遺書としてご両親に宛てた手紙である。
「後に続く生き残った青年が、戦争のない平和で、豊かな、世界から尊敬される、立派な、文化国家を再建してくれる事を信じて」 飛び立っていった…。日本の弥栄のため、後世に生きる私たちのために出撃していってくれたのである。
拉致被害者も救出できず、中韓両国の顔色を窺い、中国の人権問題であるにも関わらず、その非難決議も出せない国会議員、靖國神社に胸を張って参拝できない我が国首相、そして、平気で我が子を、我が親を殺める若者など、今の世の中、この英霊に胸を張ってこたえられるものがはたしているのだろうか。私は次のようにこたえてしまう。
「こんな日本になってごめんなさい」。
最後に。
日本一心のこもった恋文 「天国のあなたへ」
天国のあなたへ 秋田県 柳原タケ
娘を背に日の丸の小旗を振ってあなたを見送ってからもう半世紀がすぎてしまいました。
たくましいあなたの腕に抱かれたのはほんのつかの間でした。
三十二歳で英霊となって天国に行ってしまったあなたは今どうしていますか。
私も宇宙船に乗ってあなたのおそばに行きたい。
あなたは三十二歳の青年、私は傘寿を迎えている年です。
おそばに行った時おまえはどこの人だなんて言わないでね。
よく来たと言ってあの頃のように寄り添って座らせてくださいね。
お逢いしたら娘夫婦のこと孫のことまたすぎし日のあれこれを話し思いきり甘えてみたい。
あなたは優しくそうかそうかとうなずきながら慰め、よくがんばったとほめてくださいね。
そしてそちらの「きみまち坂」につれていってもらいたい。
春のあでやかな桜花、
夏なまめかしい新緑、
秋ようえんなもみじ、
冬清らかな雪模様など、
四季のうつろいの中を二人手をつないで歩いてみたい。
私はお別れしてからずっとあなたを思いつづけ愛情を支えにして生きてまいりました。
もう一度あなたの腕に抱かれてねむりたいものです。
力いっぱい抱き締めて絶対はなさないで下さいね。
秋田県二ツ井町が主催した1995年2月14日バレンタインデー「第1回日本一心のこもった恋文」大賞に輝いた柳原タケさんが書いたものである。柳原さんは当時80才で秋田市に住んでおられた。この文は靖国神社の遊就館のビデオにも紹介されており、元雑誌「正論」編集長の大島信三氏のブログにもこの文と出合った時の感動が述べられている。
戦死した夫は三十二歳のままで柳原タケさんの心の中に生き続けています。
傘寿(さんじゅ)とありますから、この天国への書簡はタケさんが八十歳のときに書いたものであることがわかります。おそらくタケさん自身もずっと新婚当時の気持ちのままで夫と対話してきたのでしょう。
それにしても、なんとも瑞々しい文章です。愛情の継続性に驚嘆します。
同時に、つかの間の新婚生活しか過ごせなかった時代に巡り合わせてしまった不遇にことばもありません。
この一文をメモ帳に書き留めていましたら、三人連れの中年女性が立ち止まりました。彼女たちは読み終えたあと、嗚咽しながらその場を離れていきました。
「正論」編集長 大島信三
「正論」平成15年8月号 編集長メッセージより
新型コロナウイルスによる緊急事態宣言発令の中で迎える8月。今年もいつもと違う夏を迎える。私は、「命のバトン」を受け継ぐべく、心静かに靖國神社を参拝するため、8月15日を外して参拝する。本殿で昇殿参拝をし、英霊の思いや功績に深く感謝し、「ありがとうございました」と感謝の気持ちを述べたい。毎年のことであるが、本殿で昇殿参拝をすると爽やかな風が吹く。まるで、歓迎してくださるように。心より感謝、である。
連日、東京五輪の日本人選手の活躍に、興奮の毎日という読者も少なくないだろう。そして、それとは関係なく、今年も日本にとっての「敗戦の日」を迎える。
8月15日を「終戦記念日」とマスコミはこぞって報道するが、私は「敗戦の日」と言っている。日本にとって大東亜戦争に負けた屈辱の日であって、「記念日」と呼ぶのは遺憾であるためだ。
この時期になると、マスコミはこぞって靖國神社への公式参拝問題を取り上げる。「公人としてですか?私人としてですか?」と閣僚他国会議員が参拝するとそう質問し、そして左翼勢力は中韓両国の反発を取り上げ糾弾する。それこそ、宗教を否定し、信仰を禁じている中国共産党とは、まして神道について話し合う性質のものではなく、国の主権と誇りを堅持して毅然として対応すべきものであるにも関わらず、政府は「遺憾砲」を唱えるだけ。毎年のことであるため、うんざりする。
靖國神社参拝問題を論じるに、よく、戦争戦犯である「いわゆるA級戦犯」が祀られているから問題だという者がいるが、「いわゆるA級戦犯」は東京裁判史観に基づく名称であって、国際法上、問題視される大東亜戦争戦勝国が付けた呼称である。「東京裁判史観」に毒された左翼勢力の言い分であって、「A級」とか「B・C級」とか関係ない。歴史は今の価値観で物事を見るのではなく、その当時の目線に落とし込んで見なければ、正しい解釈などできるはずもない。問題ある東京裁判史観による戦勝国の価値観で歴史を見るものでもない。
靖國神社は東京招魂社の名称で、明治天皇のご発意により明治2年(1869)年6月29日に創建された。明治12年に現在の名称となった。幕末の戊辰戦争以降、国のために戦死した246万余柱の霊が祀られており、うち、213万人が大東亜戦争の死者の霊だ。明治天皇は明治7年1月27日、初めて東京招魂社へ行幸され、「我国の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉垣」という御製を詠まれている。国のために尽くした人々の御霊は、国が末永くお祀りすべきであるというのが明治天皇のご意向であったかと思う。しかし、この思いとは裏腹に、8月15日になると、マスコミは「国会議員が靖國神社を参拝しました」と穿った報道を行う。今日の平和があるのは、先の大戦で戦ってくれた先人のおかげであるのに。その先人を敬い、参拝することが、どうしていけないことなのか。不思議でならない。そして、筆者はこれらの報道を毎年、「アホか」と思ってみている。
歴代首相のほとんどが8月15日に、靖國神社に参拝してきたが、昭和60(1985)年8月15日の中曽根康弘首相参拝以降、「敗戦の日」の参拝は途絶えたままである。櫻井よしこ氏は、『異形の大国 中国』で、以下の通り記している。
「ここで想い出すのは中曽根康弘氏だ。氏は首相在任時の85年、靖國神社公式参拝を中国に非難され、翌年から参拝を止めた。氏はその理由を、胡耀邦党総書記の失脚を避けるためと説明した。良好な日中関係を築こうとした胡総書記の足を引っ張らないために、胡批判の材料とされかねない日本国首相の靖国神社参拝は中止するのがよいと、中曽根氏は決断したというのだ。だが、権力争いにおいて政敵を葬り去る口実など、山程作り出せるものだ。中曽根氏の配慮などなんの役にも立たず、胡総書記は失脚、そして中国は今日に至るまで靖国カードを握るに至った。中曽根氏は明らかに判断を間違えたのである。そして今もその間違いの延長線上に立ち、靖國に代わる施設を建立せよと説く。政治家が自国の国益を二の次にして他国の国内政治の片方の勢力に力を貸した結果がこれである」と。
中曽根首相は悪しき前例を作り出した張本人であるといっても過言でない。この行為が、中韓両国の日本批判を助長させた引き金であった。
私自身、毎年8月に「靖國神社昇殿参拝、遊就館見学」イベントを個人で開催している。もし、自分の先祖が過去の戦争で亡くなっていたならば、今ここに自分は存在していない。今ここに存在しているのは、自分の先祖の代わりに命を捧げて戦ってくれた先人のお陰様である。自分の祖父も大東亜戦争で満州の最前線で戦った一人である。祖父が生き長らえたからこそ今、自分は存在する。自分の先祖を供養することはもちろんだが、それ以上に先人に感謝することはとても大切なことであると考えている。先祖のお陰様で「日本人としての私が存在し、日本という国がある」のと思うからだ。これらを実感し、歴史は先祖がつくった日本という国の「国づくり」の歩みであり、私達は先人の尊い、膨大な数の「命のバトン」を受け継いで、今ここに生きていることを認識すべきだと考える。
そのような思いから、本イベントを平成28年から実施している。国のために尊い命をささげた先祖を弔い、心から平和を祈る戦没者慰霊の中心施設である靖國神社に昇殿参拝し、英霊に感謝をして、そして遊就館を見学することによって今日の学校教育とは違った視点から歴史を学ぶことを目的に今年も8月21日(土)に実施する。そして、靖國神社職員による「英霊と沖縄戦」と題した講演をしていただくこととしている。プロパガンダに毒された沖縄の歴史ではなく、また違った角度で語る歴史の真実を聞くことができる。
今日の平和があるのは先の大戦で戦ったくれた英霊のお陰様。その英霊に感謝の気持ちを述べない国会議員に疑問を感じるのは私だけであろうか。
ここで、以下を紹介したい。
謹啓
初春の候と相成り、その後、御両親様には、お変りなくお暮しのことと思います。
お父さん、お母さん、喜んで下さい。
祖国日本興亡のとき、茂も待望の大命を拝しました。
心身ともに健康で、任務につく日を楽しみに、日本男児と、大橋家に、父と母の子供と生まれた喜びを胸に抱いて、後に続く生き残った青年が、戦争のない平和で、豊かな、世界から尊敬される、立派な、文化国家を再建してくれる事を信じて、茂は、たくましく死んで行きます。
男に生まれた以上は、立派な死に場所を得て大空の御盾となり、好きな飛行機を、我が墓標と散る覚悟であります。
親より先に死んで、親孝行出来ない事をお許し下さい。
お父さん、お母さん、長生きして下さい。
お世話になった皆様方に、宜しくお伝え下さい。
この便りが最後になります。
昭和二十年三月二十四日 遠き台湾の特攻基地より 茂
父上様 母上様
身はたとえ 南の空で果つるとも とどめおかまし 神鷲の道
大命を拝して十八歳 茂
これは、18歳で台湾から特攻で出撃していった大橋茂命がご遺書としてご両親に宛てた手紙である。
「後に続く生き残った青年が、戦争のない平和で、豊かな、世界から尊敬される、立派な、文化国家を再建してくれる事を信じて」 飛び立っていった…。日本の弥栄のため、後世に生きる私たちのために出撃していってくれたのである。
拉致被害者も救出できず、中韓両国の顔色を窺い、中国の人権問題であるにも関わらず、その非難決議も出せない国会議員、靖國神社に胸を張って参拝できない我が国首相、そして、平気で我が子を、我が親を殺める若者など、今の世の中、この英霊に胸を張ってこたえられるものがはたしているのだろうか。私は次のようにこたえてしまう。
「こんな日本になってごめんなさい」。
最後に。
日本一心のこもった恋文 「天国のあなたへ」
天国のあなたへ 秋田県 柳原タケ
娘を背に日の丸の小旗を振ってあなたを見送ってからもう半世紀がすぎてしまいました。
たくましいあなたの腕に抱かれたのはほんのつかの間でした。
三十二歳で英霊となって天国に行ってしまったあなたは今どうしていますか。
私も宇宙船に乗ってあなたのおそばに行きたい。
あなたは三十二歳の青年、私は傘寿を迎えている年です。
おそばに行った時おまえはどこの人だなんて言わないでね。
よく来たと言ってあの頃のように寄り添って座らせてくださいね。
お逢いしたら娘夫婦のこと孫のことまたすぎし日のあれこれを話し思いきり甘えてみたい。
あなたは優しくそうかそうかとうなずきながら慰め、よくがんばったとほめてくださいね。
そしてそちらの「きみまち坂」につれていってもらいたい。
春のあでやかな桜花、
夏なまめかしい新緑、
秋ようえんなもみじ、
冬清らかな雪模様など、
四季のうつろいの中を二人手をつないで歩いてみたい。
私はお別れしてからずっとあなたを思いつづけ愛情を支えにして生きてまいりました。
もう一度あなたの腕に抱かれてねむりたいものです。
力いっぱい抱き締めて絶対はなさないで下さいね。
秋田県二ツ井町が主催した1995年2月14日バレンタインデー「第1回日本一心のこもった恋文」大賞に輝いた柳原タケさんが書いたものである。柳原さんは当時80才で秋田市に住んでおられた。この文は靖国神社の遊就館のビデオにも紹介されており、元雑誌「正論」編集長の大島信三氏のブログにもこの文と出合った時の感動が述べられている。
戦死した夫は三十二歳のままで柳原タケさんの心の中に生き続けています。
傘寿(さんじゅ)とありますから、この天国への書簡はタケさんが八十歳のときに書いたものであることがわかります。おそらくタケさん自身もずっと新婚当時の気持ちのままで夫と対話してきたのでしょう。
それにしても、なんとも瑞々しい文章です。愛情の継続性に驚嘆します。
同時に、つかの間の新婚生活しか過ごせなかった時代に巡り合わせてしまった不遇にことばもありません。
この一文をメモ帳に書き留めていましたら、三人連れの中年女性が立ち止まりました。彼女たちは読み終えたあと、嗚咽しながらその場を離れていきました。
「正論」編集長 大島信三
「正論」平成15年8月号 編集長メッセージより
新型コロナウイルスによる緊急事態宣言発令の中で迎える8月。今年もいつもと違う夏を迎える。私は、「命のバトン」を受け継ぐべく、心静かに靖國神社を参拝するため、8月15日を外して参拝する。本殿で昇殿参拝をし、英霊の思いや功績に深く感謝し、「ありがとうございました」と感謝の気持ちを述べたい。毎年のことであるが、本殿で昇殿参拝をすると爽やかな風が吹く。まるで、歓迎してくださるように。心より感謝、である。
中国の脅威「尖閣奪取」は本気であることを我々は心底理解しなくてはならない
2021.07.17
先般、麻生太郎副総理兼財務相が講演で、「台湾で大きな問題が起きれば『(集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法の)存立危機事態に関係する』と言ってもおかしくない。日米で台湾を防衛しなければならない」と語ったことが波紋を広げており、日本政府は表向き沈黙を装っているが、蔡英文総統の台湾は歓迎し、習近平国家主席主導で軍事的覇権拡大を進める中国は反発している。
皆さんはこの発言を如何みるか。多くの読者の方々は「当然だ!」と声高らかに答えるだろう。私も至極真っ当な発言だと解釈する。今回の麻生発言への反発が国内でほとんど見られないのも、同じ思いの国民が多いからだと思うのだ。しかし、麻生氏は言葉で平和のために戦っていると言っているが、防衛費の思い切った増額とロジスティクス能力向上を主導することを政権に求めたい。
しかし、重要なのは、今この時期に、この発言をしなくてはいけない日本の領土、安全保障上の問題なのである。
注目発言は、沖縄選出の自民党議員が5日、都内で開いたパーティーでの講演で披露されたとの報道だが、麻生氏は、台北市でのデモや騒動に中国が軍隊を派遣して「中国の内政問題だ」と主張する有事シナリオを紹介。そのうえで、「次は沖縄。そういうことを真剣に考えないといけない」と強調。「日本を防衛する力をきちっと準備しないといけない」とも訴えたとのことだ。
この発言について、私は別な会合で防衛省・自衛隊OBから同様の話を聞いている。その内容は、もう少し具体的で、生々しい内容だった。と言うのも「最悪のケースで言うなれば、『台湾有事、尖閣奪取』は2027年」ということであった。
2020年10月、共産党の第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)で採択した第14次5カ年計画(2021~25年)と35年までの長期目標に関する基本方針の全文を明らかにしたが、それによると、軍創立100年に当たる27年に「奮闘目標を実現する」と定めたとしている。それは、戦争があることを前提とした「建軍100年奮闘目標」であるということである。強軍路線は規定路線とはいえ、なぜ2027年に新たに目標を設置したのか。
目標期限を2027年とした理由だが、1つは言うまでもなく建軍の年が1927年だからだ。
これはジャーナリストの福島香織氏の情報を引用させていただくが、人民解放軍は1927年の「南昌起義」と呼ばれる武装蜂起で誕生した革命軍が基礎になっており、この頃はゲリラに過ぎなかったのが、戦闘を継続していくことで軍隊としての正統性を確立していった。共産党も元々は国民党政権下で「共匪」と呼ばれたゲリラ集団であったが、国民党政権に打ち勝ったからこそ、その執政党としての正統性を確立できたのである。共産党政権は銃口から生まれた政権であり、ゲリラ戦法で勝利を重ね続けてきたからその正統性を人民が認めてきた。つまり、どんな手を使ってでも戦争に勝利することは、共産党政権にとってその正統性を証明する最も有効な方法なのだ。
まず、この5中全会で初めて打ち出された「建軍100年奮闘目標」とは具体的にどういうことなのか。「全面的に戦争に備え練兵教科を行い、国家主権、安全、発展利益を防衛する戦略能力を高め、2027年に建軍100年奮闘目標の実現を確実にすること」と説明があるように、「戦争がある」という前提に立った強軍化戦略である。そしてこれは、「建党100年」(2021年)と「建国100年」(2049年)という2つの100年目標に加わる、3つ目の100年目標である。「建軍100年奮闘目標」を打ち出したのは、中国人民解放軍が党と国家に服従し奉仕する軍隊であることを強調し、同時に「今後の特殊で複雑な環境に対応していく」ことが狙いだということだ。
中国の基本的な戦い方は「孫子の兵法 謀攻編」の「戦わずして勝つ!」である。
『孫子曰く、凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。』
「孫子は言う。基本的に、戦争においては、敵国を保全した状態で傷つけずに攻略するのが上策であり、敵国を撃ち破って勝つのは次善の策である。」
『軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るは之に次ぐ。』
「敵の軍団を無傷のままで降伏させるのが上策であり、敵軍を撃破するのは次善の策である。敵の旅団を無傷のまま手に入れるのが上策であり、旅団を壊滅させてしまうのは次善の策である。敵の大隊を無傷で降伏させるのが上策であり、大隊を打ち負かすのは次善の策である。敵の小隊を保全して降伏させるのが上策であり、小隊を打ち負かすのは次善の策である。」
『是の故に、百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。』
「したがって、百回戦って、百回勝利を収めたとしても、それは最善の策とは言えない。実際に戦わずに、敵を屈服させるのが最善の策である。」
日本と米国の仲を悪くして、漁夫の利を得る「戦わずして勝つ!」作戦であるが、中国は更に強軍思想、強軍戦略に舵を思い切り切ってきているのである。
習近平は毛沢東を越える存在として君臨したいと考えているのは周知のとおりであるが、毛沢東が成し得なかった事実を作り上げることに躍起である。そのためには戦争も辞さず、毛沢東をも成し得なかった台湾侵攻は必然で、習近平が第二の毛沢東になるには成果が必要なのである。そして、台湾侵攻と尖閣諸島奪取は不可分であり、そのタイミングは北京オリンピック終了後であることの可能性が非常に高いと、前出の防衛省・自衛隊OBは言う。
2014年、ロシアがクリミア半島併合を成し遂げた手法などを参考にしているという。それは、サイバー攻撃で通信系を遮断し、ウクライナ危機の際に現れたロシア軍の武器と装備品を装備した徽章を付けていない覆面兵士=リトル・グリーンメンが占領し、ウクライナ進行は成し遂げた。習近平はこれを手本としているというのである。2014年という年はソチオリンピック実施の年。クリミア併合はこのオリンピック成功後に行われている。よって、北京オリンピックの成功は必至で、その後に、台湾侵攻、尖閣奪取の実施を考えているというものである。
こういった現実、起こりうる状況を鑑みると、前出の麻生太郎副総理兼財務相の発言はわざとかな?とも思うが、いずれにしても、中国の台湾侵攻、尖閣諸島奪取は本気であることを我々は強く認識すべきである。
今後、日本はどう対応すべきなのか。
前出の防衛省・自衛隊OB曰く、「国会議員や国民の危機意識の向上は第一。そして、憲法改正は言うまでもないが、いつ憲法改正されるか、それまで待てない状況なので、今できる手段として、領海警備法制定、海上保安庁法、自衛隊法、事態対処法の改正などの法整備が必要だという。そして、施政権の顕示、政府としての防衛対処方針の明確化、対処能力の向上、対艦ミサイルベルトの構築、そして、高出力マイクロ波兵器の開発」と発言が続いた。
マイケル・ピルズベリー著『China2049』にも書かれているように「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」というもので、共産党指導者は、そのゴールは復讐、つまり外国が中国に味あわせた過去の屈辱を「清算」することであって、その計画はしたたかに着々と進行しており、日清戦争に負けたとする日本もその例外ではない。「中国が覇権国になることはない」と繰り返し言い続ける人がいるが、実質リアルに見ていくと、金の力によって、中国に屈服している者たちが如何に多いか、報道で知ることができるであろう。「世界の国々も」「大手企業も」だ。中国は本気なのである。
日本国内でも、半導体産業の脆弱化、北海道土地買い占め問題のみならず、横浜をはじめとする新潟や京都などへの不動産介入、大学における孔子学院設立など、様々な方策で日本を貶めるべく手段・方法を取り、実行してきている。そして、中国海警局による尖閣諸島侵犯などは最たるもので、中国が海警局に武器の使用を認めた「海警法」が施行されたことは、本気度をうかがわせる。中国は確実に日本を貶める手段をしたたかに着々と進めている。そこに気づかないでいる日本国民がいることも事実であり、今回はこの危機意識を共有すべく、警鐘を鳴らしたいという思いも込めて筆を執った次第である。ご笑覧いただいたら幸いである。
皆さんはこの発言を如何みるか。多くの読者の方々は「当然だ!」と声高らかに答えるだろう。私も至極真っ当な発言だと解釈する。今回の麻生発言への反発が国内でほとんど見られないのも、同じ思いの国民が多いからだと思うのだ。しかし、麻生氏は言葉で平和のために戦っていると言っているが、防衛費の思い切った増額とロジスティクス能力向上を主導することを政権に求めたい。
しかし、重要なのは、今この時期に、この発言をしなくてはいけない日本の領土、安全保障上の問題なのである。
注目発言は、沖縄選出の自民党議員が5日、都内で開いたパーティーでの講演で披露されたとの報道だが、麻生氏は、台北市でのデモや騒動に中国が軍隊を派遣して「中国の内政問題だ」と主張する有事シナリオを紹介。そのうえで、「次は沖縄。そういうことを真剣に考えないといけない」と強調。「日本を防衛する力をきちっと準備しないといけない」とも訴えたとのことだ。
この発言について、私は別な会合で防衛省・自衛隊OBから同様の話を聞いている。その内容は、もう少し具体的で、生々しい内容だった。と言うのも「最悪のケースで言うなれば、『台湾有事、尖閣奪取』は2027年」ということであった。
2020年10月、共産党の第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)で採択した第14次5カ年計画(2021~25年)と35年までの長期目標に関する基本方針の全文を明らかにしたが、それによると、軍創立100年に当たる27年に「奮闘目標を実現する」と定めたとしている。それは、戦争があることを前提とした「建軍100年奮闘目標」であるということである。強軍路線は規定路線とはいえ、なぜ2027年に新たに目標を設置したのか。
目標期限を2027年とした理由だが、1つは言うまでもなく建軍の年が1927年だからだ。
これはジャーナリストの福島香織氏の情報を引用させていただくが、人民解放軍は1927年の「南昌起義」と呼ばれる武装蜂起で誕生した革命軍が基礎になっており、この頃はゲリラに過ぎなかったのが、戦闘を継続していくことで軍隊としての正統性を確立していった。共産党も元々は国民党政権下で「共匪」と呼ばれたゲリラ集団であったが、国民党政権に打ち勝ったからこそ、その執政党としての正統性を確立できたのである。共産党政権は銃口から生まれた政権であり、ゲリラ戦法で勝利を重ね続けてきたからその正統性を人民が認めてきた。つまり、どんな手を使ってでも戦争に勝利することは、共産党政権にとってその正統性を証明する最も有効な方法なのだ。
まず、この5中全会で初めて打ち出された「建軍100年奮闘目標」とは具体的にどういうことなのか。「全面的に戦争に備え練兵教科を行い、国家主権、安全、発展利益を防衛する戦略能力を高め、2027年に建軍100年奮闘目標の実現を確実にすること」と説明があるように、「戦争がある」という前提に立った強軍化戦略である。そしてこれは、「建党100年」(2021年)と「建国100年」(2049年)という2つの100年目標に加わる、3つ目の100年目標である。「建軍100年奮闘目標」を打ち出したのは、中国人民解放軍が党と国家に服従し奉仕する軍隊であることを強調し、同時に「今後の特殊で複雑な環境に対応していく」ことが狙いだということだ。
中国の基本的な戦い方は「孫子の兵法 謀攻編」の「戦わずして勝つ!」である。
『孫子曰く、凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。』
「孫子は言う。基本的に、戦争においては、敵国を保全した状態で傷つけずに攻略するのが上策であり、敵国を撃ち破って勝つのは次善の策である。」
『軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るは之に次ぐ。』
「敵の軍団を無傷のままで降伏させるのが上策であり、敵軍を撃破するのは次善の策である。敵の旅団を無傷のまま手に入れるのが上策であり、旅団を壊滅させてしまうのは次善の策である。敵の大隊を無傷で降伏させるのが上策であり、大隊を打ち負かすのは次善の策である。敵の小隊を保全して降伏させるのが上策であり、小隊を打ち負かすのは次善の策である。」
『是の故に、百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。』
「したがって、百回戦って、百回勝利を収めたとしても、それは最善の策とは言えない。実際に戦わずに、敵を屈服させるのが最善の策である。」
日本と米国の仲を悪くして、漁夫の利を得る「戦わずして勝つ!」作戦であるが、中国は更に強軍思想、強軍戦略に舵を思い切り切ってきているのである。
習近平は毛沢東を越える存在として君臨したいと考えているのは周知のとおりであるが、毛沢東が成し得なかった事実を作り上げることに躍起である。そのためには戦争も辞さず、毛沢東をも成し得なかった台湾侵攻は必然で、習近平が第二の毛沢東になるには成果が必要なのである。そして、台湾侵攻と尖閣諸島奪取は不可分であり、そのタイミングは北京オリンピック終了後であることの可能性が非常に高いと、前出の防衛省・自衛隊OBは言う。
2014年、ロシアがクリミア半島併合を成し遂げた手法などを参考にしているという。それは、サイバー攻撃で通信系を遮断し、ウクライナ危機の際に現れたロシア軍の武器と装備品を装備した徽章を付けていない覆面兵士=リトル・グリーンメンが占領し、ウクライナ進行は成し遂げた。習近平はこれを手本としているというのである。2014年という年はソチオリンピック実施の年。クリミア併合はこのオリンピック成功後に行われている。よって、北京オリンピックの成功は必至で、その後に、台湾侵攻、尖閣奪取の実施を考えているというものである。
こういった現実、起こりうる状況を鑑みると、前出の麻生太郎副総理兼財務相の発言はわざとかな?とも思うが、いずれにしても、中国の台湾侵攻、尖閣諸島奪取は本気であることを我々は強く認識すべきである。
今後、日本はどう対応すべきなのか。
前出の防衛省・自衛隊OB曰く、「国会議員や国民の危機意識の向上は第一。そして、憲法改正は言うまでもないが、いつ憲法改正されるか、それまで待てない状況なので、今できる手段として、領海警備法制定、海上保安庁法、自衛隊法、事態対処法の改正などの法整備が必要だという。そして、施政権の顕示、政府としての防衛対処方針の明確化、対処能力の向上、対艦ミサイルベルトの構築、そして、高出力マイクロ波兵器の開発」と発言が続いた。
マイケル・ピルズベリー著『China2049』にも書かれているように「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」というもので、共産党指導者は、そのゴールは復讐、つまり外国が中国に味あわせた過去の屈辱を「清算」することであって、その計画はしたたかに着々と進行しており、日清戦争に負けたとする日本もその例外ではない。「中国が覇権国になることはない」と繰り返し言い続ける人がいるが、実質リアルに見ていくと、金の力によって、中国に屈服している者たちが如何に多いか、報道で知ることができるであろう。「世界の国々も」「大手企業も」だ。中国は本気なのである。
日本国内でも、半導体産業の脆弱化、北海道土地買い占め問題のみならず、横浜をはじめとする新潟や京都などへの不動産介入、大学における孔子学院設立など、様々な方策で日本を貶めるべく手段・方法を取り、実行してきている。そして、中国海警局による尖閣諸島侵犯などは最たるもので、中国が海警局に武器の使用を認めた「海警法」が施行されたことは、本気度をうかがわせる。中国は確実に日本を貶める手段をしたたかに着々と進めている。そこに気づかないでいる日本国民がいることも事実であり、今回はこの危機意識を共有すべく、警鐘を鳴らしたいという思いも込めて筆を執った次第である。ご笑覧いただいたら幸いである。
DIMEという考え方
2021.05.27
突然だが、「DIME」という考え方をご存知であろうか。
答えを先に言うと、「D」=ディプロマシー(外交)、「I」=インテリジェンス、「M」=ミリタリー(軍事)、「E」=エコノミー(経済)の四つの頭文字をとって「DIME」と呼び、これら四つを組み合わせた総合的な「国家戦略」のことを言う。
昨今、評論家の江崎道朗氏が提唱し、雑誌、講演などでよく書いたり、話をしたりするので、耳にすることが多くなったと思うが、実は、米国、中国はこの考え方で「国家戦略」を進行している。読者の皆さんは米中貿易戦争他、米中対立、そして、EU諸国の中国への対応をどう見ているだろうか。
過去の話になるが、トランプ政権の目的は、「貿易赤字解消」や「知的財産権の保護」といった経済面だけの問題ではなく、「DIME」、つまり、外交、インテリジェンス、経済でのたたきを念頭に、トランプ政権は経済・通商での戦いを仕掛けたのだということであった。
では、日本はどうであったろうか。第二次安倍政権下で創設した国家安全保障会議(NSC)が総理大臣による「DIME」の総合判断がシビリアンコントロールの本体であり、有事における総理大臣の戦略的指導の正体である。そして、「DIME」を考える組織なのである。この組織が縦割りの日本の官僚体制に布石を打ち、米国との安全保障戦略を練っているのである。
月刊正論2020年4月号で国家安全保障局次長だった兼原信克氏が論文「このままではこの国を守れない」を寄稿しているので、チャンスがあれば読んでもらいたい。根本的な考え方が書いてあるので、お勧めする。そして、その中で、安全保障関連法など、NSCが土台を作ったとする中で、「自衛隊の統合運用、防衛産業政策、サイバー民間防衛、科学技術流出阻止問題など、まだこれからの課題です。やり残したことは多く、このままではこの国を守れません」と言っている。日本の安全保障はまだまだ不十分なのである。
では、日本には展望がないのか。
前述の江崎氏の著書『知りたくないではすまされない~ニュースの裏側を見抜くためにこれだけは学んでおきたいこと』で「日本だけが手にしている『三つのカード』がある」と記している。国際政治、特に日米関係における「日本の強み=①莫大な金融資産。②外交力、特にアジア太平洋諸国との関係。③ロジスティック。米国は以上の三つにおいて日本の協力が絶対必要になるという。そして、まかり間違っても「トランプ政権が中国共産党をやっつけてくれるから安心だ」と胡坐をかき、米国頼みに陥ってはならないと江崎氏は言う。そして、今やバイデン政権。日本の在り方は、トランプ政権時よりも役割は大きく、かつ重要である。
では、日本はどうすべきなのか。
その道標として、前述の著書の「おわりに」にそのヒントがあるので紹介する。
「1960年代後半から岸信介首相や福田赳夫首相らのアジア問題のブレーンであった中島慎三郎先生は、一民間人でありながら、その事務所には、ASEAN諸国の政治家や外交官、軍人たちが連日のように訪れていた。私が知遇を得たのは1990年のことで、ベトナム戦争に関与した旧日本軍の元情報将校の話とか、ASEAN結成にかかわる日米両国の対立など、驚くべき話をいくつも聞いたし、その関係者にも合わせてもらった。あるとき、『日本を守るうえで、何が一番大切ですか』と尋ねたら、即座に『敵を知ることだ』との答えが返ってきた。『敵とは誰のことですか』とさらに聞いたら、その答えは次のようなものだった。『日本を滅ぼす力がある国は、ソ連と中国、そしてアメリカの三カ国だ。よってこの三カ国の内情を死に物狂いで調査し、その上前を撥ねるつもりでこの三カ国に立ち向かわないといけない』。本書が国際政治を論じつつ、アメリカの内情を詳しく描いたのは、中島先生の教えによるものだ。間違った情勢分析は国を滅ぼしかねないことを、我々は先の大戦で学んだはずである。その過ちを繰り返してはなるまい」。
4月16日、菅義偉首相とバイデン米大統領がワシントンで会談を行った。大統領就任後、初の対面会談であった。その中で、両首脳は、中国による東・南シナ海での力による現状変更や威圧的な行動に反対することで一致。対中国を念頭に「抑止の重要性」を確認し、同盟の一層の強化を約束した。そして、日中国交正常化前の1969年、佐藤栄作首相とニクソン米大統領の会談以来、日米首脳が共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調し、 台湾に言及した。しかし、この共同声明後、中国による台湾、尖閣、沖縄への軍事行動は激しさを増し、一触即発の状況にある。
安全保障が一触即発にあるにもかかわらず、その論議が国会で大きく取り上げられないのはいかがなものか。
「敵を知る」=「中国は2049年までに世界を侵略する」
マイケル・ピルズベリー氏が『Chaina2049』の著書の中で以下のように記している。
「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」
中国はこの野望を実現するためにありとあらゆる手段を講じてきている。このことを我々は肝に銘じ、中国の脅威に備えるべきである。そのためにも、中国が「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく」如何にしたたかに、日本潰しに行動を起こしているかを知り、国際情勢は「DIME」の考え方によって行動を起こしている中、日本の安全保障環境を整備するため、防衛費アップに国会議員は声を大にしていくことをつとに願う次第である。
答えを先に言うと、「D」=ディプロマシー(外交)、「I」=インテリジェンス、「M」=ミリタリー(軍事)、「E」=エコノミー(経済)の四つの頭文字をとって「DIME」と呼び、これら四つを組み合わせた総合的な「国家戦略」のことを言う。
昨今、評論家の江崎道朗氏が提唱し、雑誌、講演などでよく書いたり、話をしたりするので、耳にすることが多くなったと思うが、実は、米国、中国はこの考え方で「国家戦略」を進行している。読者の皆さんは米中貿易戦争他、米中対立、そして、EU諸国の中国への対応をどう見ているだろうか。
過去の話になるが、トランプ政権の目的は、「貿易赤字解消」や「知的財産権の保護」といった経済面だけの問題ではなく、「DIME」、つまり、外交、インテリジェンス、経済でのたたきを念頭に、トランプ政権は経済・通商での戦いを仕掛けたのだということであった。
では、日本はどうであったろうか。第二次安倍政権下で創設した国家安全保障会議(NSC)が総理大臣による「DIME」の総合判断がシビリアンコントロールの本体であり、有事における総理大臣の戦略的指導の正体である。そして、「DIME」を考える組織なのである。この組織が縦割りの日本の官僚体制に布石を打ち、米国との安全保障戦略を練っているのである。
月刊正論2020年4月号で国家安全保障局次長だった兼原信克氏が論文「このままではこの国を守れない」を寄稿しているので、チャンスがあれば読んでもらいたい。根本的な考え方が書いてあるので、お勧めする。そして、その中で、安全保障関連法など、NSCが土台を作ったとする中で、「自衛隊の統合運用、防衛産業政策、サイバー民間防衛、科学技術流出阻止問題など、まだこれからの課題です。やり残したことは多く、このままではこの国を守れません」と言っている。日本の安全保障はまだまだ不十分なのである。
では、日本には展望がないのか。
前述の江崎氏の著書『知りたくないではすまされない~ニュースの裏側を見抜くためにこれだけは学んでおきたいこと』で「日本だけが手にしている『三つのカード』がある」と記している。国際政治、特に日米関係における「日本の強み=①莫大な金融資産。②外交力、特にアジア太平洋諸国との関係。③ロジスティック。米国は以上の三つにおいて日本の協力が絶対必要になるという。そして、まかり間違っても「トランプ政権が中国共産党をやっつけてくれるから安心だ」と胡坐をかき、米国頼みに陥ってはならないと江崎氏は言う。そして、今やバイデン政権。日本の在り方は、トランプ政権時よりも役割は大きく、かつ重要である。
では、日本はどうすべきなのか。
その道標として、前述の著書の「おわりに」にそのヒントがあるので紹介する。
「1960年代後半から岸信介首相や福田赳夫首相らのアジア問題のブレーンであった中島慎三郎先生は、一民間人でありながら、その事務所には、ASEAN諸国の政治家や外交官、軍人たちが連日のように訪れていた。私が知遇を得たのは1990年のことで、ベトナム戦争に関与した旧日本軍の元情報将校の話とか、ASEAN結成にかかわる日米両国の対立など、驚くべき話をいくつも聞いたし、その関係者にも合わせてもらった。あるとき、『日本を守るうえで、何が一番大切ですか』と尋ねたら、即座に『敵を知ることだ』との答えが返ってきた。『敵とは誰のことですか』とさらに聞いたら、その答えは次のようなものだった。『日本を滅ぼす力がある国は、ソ連と中国、そしてアメリカの三カ国だ。よってこの三カ国の内情を死に物狂いで調査し、その上前を撥ねるつもりでこの三カ国に立ち向かわないといけない』。本書が国際政治を論じつつ、アメリカの内情を詳しく描いたのは、中島先生の教えによるものだ。間違った情勢分析は国を滅ぼしかねないことを、我々は先の大戦で学んだはずである。その過ちを繰り返してはなるまい」。
4月16日、菅義偉首相とバイデン米大統領がワシントンで会談を行った。大統領就任後、初の対面会談であった。その中で、両首脳は、中国による東・南シナ海での力による現状変更や威圧的な行動に反対することで一致。対中国を念頭に「抑止の重要性」を確認し、同盟の一層の強化を約束した。そして、日中国交正常化前の1969年、佐藤栄作首相とニクソン米大統領の会談以来、日米首脳が共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調し、 台湾に言及した。しかし、この共同声明後、中国による台湾、尖閣、沖縄への軍事行動は激しさを増し、一触即発の状況にある。
安全保障が一触即発にあるにもかかわらず、その論議が国会で大きく取り上げられないのはいかがなものか。
「敵を知る」=「中国は2049年までに世界を侵略する」
マイケル・ピルズベリー氏が『Chaina2049』の著書の中で以下のように記している。
「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」
中国はこの野望を実現するためにありとあらゆる手段を講じてきている。このことを我々は肝に銘じ、中国の脅威に備えるべきである。そのためにも、中国が「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく」如何にしたたかに、日本潰しに行動を起こしているかを知り、国際情勢は「DIME」の考え方によって行動を起こしている中、日本の安全保障環境を整備するため、防衛費アップに国会議員は声を大にしていくことをつとに願う次第である。